韓国

韓国の国立劇場

国立劇場の定義を「国が財政的な援助を与えて設立し、その国の舞台芸術の保存・継承・振興のために運営する劇場」とするなら、これを広義に解釈し、韓国の場合は政府機関である文化体育観光部の傘下機関によって運営される半民半官の劇場も含め国立の劇場といえるだろう。現在、国立劇場(1950年開館)、アルコ芸術劇場(81年開館)、芸術の殿堂(劇場施設であるオペラハウスは93年開館)、 貞洞 ( チョンドン ) 劇場(95年開館)、劇場 ( ヨン ) (05年開館)、 大学路 ( テハンノ ) 芸術劇場(09年開館)、 明洞 ( ミョンドン ) 芸術劇場(09年開館)、 白星姫 ( ペク・ソンヒ ) 張民虎 ( チャン・ミノ ) 劇場(11年開館)の8つの施設がある。まず、これらの施設を簡単に紹介しよう。

国立劇場は、アジアで最初に設立された国立の劇場で長い歴史を有し、韓国の近現代演劇をリードしてきた。現在、4つの劇場と国立唱劇団、国立舞踊団、国立国楽管弦楽団の3つの専属団体を傘下においている。

アルコ芸術劇場と大学路芸術劇場は、演劇の街‘大学路’の中心的な存在で、2010年に設立された財団法人韓国公演芸術センター(HanPAC)によって運営されている。

特殊財団法人で運営される芸術の殿堂は、オペラハウス、音楽堂、美術館などが集まる複合文化施設だが、演劇、ダンス、オペラを主に公演するオペラハウスには3つの劇場があり、国立バレエ団、ソウル芸術団、国立オペラ団、国立合唱団が常駐している。

貞洞劇場と明洞芸術劇場は、財団法人明洞・貞洞劇場が運営しており、貞洞劇場は伝統的な舞台芸術を、明洞芸術劇場は現代劇を中心に公演している。特に明洞芸術劇場は、日本人によって1934年に建てられた映画館で、解放後は国立劇場として使用されていた時期もある歴史的な建造物だ。

劇場龍は中央博物館内にあり、中央博物館文化財団によって運営されている韓国内でも珍しい劇場だ。

今年3月開館予定の元老俳優二人の名を冠にした白星姫/張民虎劇場は、今もっとも注目を集めている施設だが、ここに国立劇場傘下だった国立劇団が新しく財団法人国立劇団(以下、(財)国立劇団)となって常駐する。

このように韓国の国立劇場は、文化体育韓国部傘下の機関によって様々な形態で、それぞれの特性をもって運営されているのが大きな特徴だ。

李明博 ( イ・ミョンバク ) 政権下での改革・改変

2008年に発足した李明博政権は、“創造的で実用的な国政”を理念に改革・改変事業を社会の各分野でおこなってきた。文化芸術分野も例外ではなく、“公共性の原則”と“効率の原理”を政策策定の基本的な考え方とし、“助成制度の見直し・傘下機関の運営改善・国立芸術施設の機構と芸術団体の改革”が推進されてきた。

特に芸術政策パラダイムの大きな転換点として意欲的な改革に臨んでいるのが、国立芸術施設ならびに専属団体の特性化と国家ブランド作品の創作だ。例えば、国立劇場は“伝統を基盤とした現代公演芸術の創造”、芸術の殿堂はオペラやバレエなどの“西洋ジャンルの公演中心”、貞洞劇場は“観光客を対象とする伝統芸術公演とファミリーを対象とした公演”、明洞芸術劇場は“演劇を中心とした直接製作の公演”というように、劇場ごとに役割を特化するとともに、文化芸術の中心的存在として国を代表するコンテンツを創作させ、海外進出を目標とした。このため、各施設は創作パラダイムの転換、運営の改革、専属団体の運営システムの改善などが果敢におこなわれている。

このなかでも国立劇場の専属団体であった国立劇団は、大きな葛藤と紆余曲折の末、2010年7月に法人化され、演劇界と観客の注目のなか、新たな本拠地となる白星姫/張民虎劇場で今年始動を開始した。

国立劇団の新たな出航

国立劇団は1950年に国立劇場とともに設立された。この間、韓国近現代劇の数々の名作を生み出してきたが、近年は長い歴史のなかで形骸化し、自主努力を進めながらも運営と成果に対する批判も少なくはなかった。現政権の文化体育館観光部長官に任命された俳優の 柳仁村 ( ユ・インチョン ) 氏は、就任後、文化芸術の“競争力”を強調し、国立劇場の改革を表明していた。その具体案のひとつが国立劇団の法人化だった。

国立劇団の専属4団体の改革が本格化したのは2010年春。国立劇団は団員24名に解雇通告が言い渡され、他の3団体の団員たちは新たにオーディションで選抜されることになった。これを受け、国立劇場側と団員ならびに職員間の労使対立が激しくなり、ストライキにより公演中止という不祥事も起きた。また、国立機関の法人化は文化芸術の公共性を 毀損 ( キソン ) するものだという憂慮もある。このような波紋のなかで、2011年1月に劇団美醜代表のソン・ジンチェク氏を芸術監督に財団法人国立劇団として新たな出航を果たした。

(財)国立劇団は、演劇人と後援者で構成された理事会と芸術監督を中心に運営され、俳優たちはシーズンごとにオーディションを実施し専属俳優を選抜するとともに、評価によって次シーズンの契約をするシーズン契約制へと改変された。作品は本拠地となる劇場がある利点を生かし、長期的な視野で作品をレパートリー化し、国立劇団の名にふさわしい国を代表する完成度の高い公演を目標にしている。このほか、単純に作品を公演するだけでなく、俳優、演出家、劇作家の育成、演劇理論を構築する学芸部門の設置など、国立機関として多様な役割を担う。また、日本と中国の国立芸術機関との連帯にも力を入れていくというので期待したい。

おわりに

韓国は政治的背景が如実に社会全般に影響を与える国だ。文化芸術においてもこの影響からは逃れられない。現政権は“経済性”と“市場性”“合理性”と“効率性”を政策の基本原則にしている。日本でも人気の少女時代やKARAなどのK─POPを中心に第二次韓流ブームといわれる近頃だが、前記の原則に基づく“文化コンテンツ経済”と“文化コンテンツ輸出”を推進する現政府を体現しているいい事例だろう。一方、数値や実績など目に見えるもので評価される社会になりつつある韓国社会で、文化芸術さえもこの尺度に取り込まれていくことに不安を感じる人々も少なくはない。

文化芸術に現政府の改革・改変がどのような結果をもたらすのかはまだ見守る必要があるだろうが、“はたして国立劇場とは、国立芸術団体とは、その国にとってどのような存在なのか”“どのような役割を担っているのか”“文化芸術と国の望ましい関係とは”“文化芸術に対し国は何を求めているのか、何をなすべきなのか”……韓国はある意味で、今これらの問いへの実験を試みているように思える。

(2011年1月22日/ソウルにて)

木村典子[舞台芸術コーディネーター、翻訳者]

<2011.2.7発行『焼肉ドラゴン』公演プログラムより>