バレエ&ダンス公演関連ニュース

吉田都舞踊芸術監督が語る2023/2024シーズン

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バレエ&ダンスの2023/2024シーズンは、歴代の芸術監督へのオマージュを込め、開場25周年を迎えたバレエ団の集大成となるラインアップ。
『ドン・キホーテ』『ホフマン物語』『ラ・バヤデール』『アラジン』など劇場の誇るプロダクションで、新国立劇場バレエ団の今をご覧いただく。
ラインアップを選んだ意図、上演で目指すことを吉田都舞踊芸術監督が語る。

インタビュアー◎守山実花(バレエ評論家)

『ドン・キホーテ』で開幕!挑戦的な配役でダンサーの成長を見る楽しみ

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『ドン・キホーテ』

――新シーズンは『ドン・キホーテ』で華やかにスタートします。


吉田
 『ドン・キホーテ』は前回好評でしたし、私にとっては監督就任後初めて上演した作品で思い出深くもあります。今回はアレクセイ・ファジェーチェフさんが指導にいらしてくださいますので、また一回り大きくなり、踊りも華やかになるのではないかと期待しています。この数年でダンサーがどう変化したのか、その成果を見るのも楽しみです。とても成長したダンサーもいますので。見せ場のある役も多く、チャレンジングな配役になると思います。

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『ドゥエンデ』

吉田 「DANCE to the Future: Young NBJ GALA」は趣向を変えて、若手ダンサーによるパ・ド・ドゥ集とナチョ・ドゥアトさんの作品を上演します。若いダンサーたちが主役を踊れるようになるには時間がかかりますが、ここで古典のパ・ド・ドゥに向き合うことで成長を促すことができたらと考えています。また、お客様には次の「推し」を探していただく機会になればと思います。私の経験ですが、英国ロイヤルバレエを離れるとき、ファンの方から10代のときからずっと見てくださっていたというお話をうかがい、胸いっぱいになりました。新国立劇場でもどんどんスターが育っているので、長く見守っていただけたら嬉しいです。

「DTF」から生まれた3作品もここで再演します。「吉田都セレクション」でお客様からリクエストで選ばれながら上演中止となってしまった作品です。コロナ禍でお客様と繋がる方法としてファンの皆様のWeb投票によるリクエスト上演に挑戦したのですが、たくさんの方がリクエストと共にコメントを寄せてくださいました。本当にありがとうございまし た。皆様からのメッセージを振付家にも伝えたところ、とても感じ入っておりました。

『ドゥエンデ』は久しぶりの上演です。リハーサルが始まったら筋肉痛で動けなくなるくらいの激しい作品なのですが、 そのような作品へのチャレンジも大切です。こちらも若手中心のキャスティングになります。

昨シーズンは『ジゼル』新制作から始まり、いくつかの新たな試みがあったことで、ダンサーたちの成長をはじめとして劇場全体が活気づくのを感じました。そういうわくわくするような刺激は必要ですので、これからも古典と併せて、チャレンジングな作品を積極的に取り入れていきたいと考えています。


――『くるみ割り人形』は公演数も多く上演期間も長くなりました。この数年で大晦日もお正月も劇場というライフスタイルも定着してきました。


吉田
 年末年始の公演をたくさんの方が楽しんでくださっていますし、前回は久しぶりに海外からのお客様もいらしてくださいました。劇場での飲食なども楽しめるようになっていくでしょうから、劇場で過ごす時間をご家族でより楽しんでいただけると思います。『くるみ割り人形』で初めてバレエをご覧になり、次はまた違う作品を楽しんでくださる方もいらっしゃるので、お客様を育てるという意味でも年末年始の『くるみ』は大事にしています。公演数が増えていますが、新しいスタジオが完成しリハーサルの場所を確保できるので、さまざまなキャストの組み合わせが実現できます。キャストの違いもお楽しみいただけると思います。
『ホフマン物語』は大原永子先生がご指導くださいます。前回踊ったダンサーたちもおりますので、より深いドラマが表現できると思います。さらに、『マクベス』を通じて、ダンサーたちの演劇的な部分が育ってきていると感じられましたので、『ホフマン物語』もどれだけドラマティックに演じられるか、期待しています。

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『くるみ割り人形』
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『ホフマン物語』



――昨シーズンは「演じること」に力を入れられた『ジゼル』から始まりました。『マクベス』の成功は演劇的な表現力の高まりの成果ですね。

吉田 作品に強さが感じられるようになりました。それぞれのキャストで作品の雰囲気がガラリと変わったのもとても良かったと思います。ただ、まだ若手の中には、例えば挨拶のキスを交わすとか、ハグとか、ちょっとした日常的な動きが苦手なダンサーも多いので、もっと自然にできることが課題です。

ダンサーのレベルアップのために 古典バレエの上演 再演を重ねることの大切さ

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『ラ・バヤデール』

――『ラ・バヤデール』はドラマ性の強い古典です。


吉田 牧阿佐美先生バージョンが素晴らしいのでぜひ上演したいと思っていました。前回『ライモンダ』を上演した際、牧先生が少し表現を変更された部分がありましたが、今回も宗教的なことや人種的な点での表現については現在の国際的基準を意識した上で、古典の良さを守っていければと思います。新シーズンは全幕物の古典が続きますが、以前コロナで急遽『眠れる森の美女』を上演した際、古典はやはりバレエ団にとって大切なのだと改めて実感し ました。 以前、シルヴィ(ギエム)がインタビューで「なぜコンテンポラリー作品を中心に踊っているなか、『眠れる森の美女』も踊るのですか?」という問いに対して、「健康のため」と答えていたのを思い出します。古典バレエは基礎に立ち返る必要もあり、マナーを学べ、身体の維持強化をすることができます。バレエ団の宝物であるこれらの作品を通して、ダンサーをよりレベルアップできるよう導いていきたいと考えています。

――この劇場で生まれ成長してきた作品『アラジン』が戻ってきます。


吉田
 デヴィッド・ビントレーさんがいらしてくださるのが楽しみです。『A Million Kisses to my Skin』でも感じましたが、振付家から直接指導を受けることでダンサーたちが得るものは大きいです。 彼とまたご一緒できることはダンサーたちにとって特別なことですし、作品も楽しいので劇場も盛り上がることでしょう。

『アラジン』を見ていると、再演を重ねることで作品自体が育っていくのを実感します。ダンサーたちも回数を重ねると余裕ができ、細かいところにも気が回るようになります。作品の中でダンサーたちが成長できるこのような積み重ねも大切な経験です。

森山開次さんの『新版・NINJA』 はこどもも大人も楽しめるダンス作品の再演です。前回こどもたちが声を出して笑って見ていたのが印象に残っています。こども向けの公演とはいえ、森山さんならではの日本文化の奥深さや自然へのリスペクトが感じられ、かつてこどもだった大人たちの心にも刺さるはずです。

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『アラジン』
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『NINJA』

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吉田朱里『白鳥の湖』(2023年6月)

――先ほど若手のチャレンジというお話が出ましたが、監督が若いダンサーを抜擢されるときにはどのような点を重視していらっしゃるのでしょう。6月の『白鳥の湖』ではアーティストの吉田朱里さんをオデット/オディールに抜擢されています。


吉田
 吉田朱里さんは今シーズン何度かチャンスを与えられた際、落ち着いて対応し成果を出してきました。もちろん踊りの質やプロポーションが『白鳥の湖』に合うというのもあります。 これらを考慮し、総合的に判断しました。

ダンサーたちを見ながら、それぞれどのような役が合うのかを常に考えています。本番で普段と違う力が出るダンサーもいれば、逆に本番のプレッシャーに潰されてしまうダンサーもいますから、そういう可能性も含めて考えます。急遽代役をお願いすることもあります。その際、嬉しいサプライズを何度か経験しているのですが、それを可能にするのは日頃から準備を怠らず、身体がしっかり作られているダンサーによってです。このようなチャンスを活かせるダンサーには役がついていきます。私も『白鳥の湖』で主演してからどんどん役がつきました。誰にでもチャンスが巡ってくる可能性があるので、普段から油断しないでいてほしいと思います。

――監督が力を入れていらっしゃることのひとつに身体のケアがあります。取材していてもダンサーの皆さんの意識の変化を感じます。


吉田
 怪我をしたときには身体を作り直したり、踊り方を変えたりする必要があります。精神的にはとても辛いでしょうが、今後のキャリアにとってはいい時間のはずです。じっくり自分のいろいろなことを見つめ直す時間、自分の身体を知る時間が取れるわけですから。本人は踊りたくてたまらないと思いますが、多くのダンサーがここを通ってきましたし、振り返ったときにはそういう時間があったことがよかったと思えるものです。踊りたいという気持ちはひとまず脇に置いて、しっかりやるべきことに集中してほしいです。

「自分の身体を知る」ことは大切です。身体のケアをしっかりする、身体を休めるなど、自分を労わるための時間を十分にとることがダンサーたちには大事です。逆に強化するための時間が必要な時もあります。そういった自分のための時間をもっと大事にしてほしいです。

――今後さらに力を入れていきたいこと、ダンサーに望むことを教えてください。


吉田
 新国立劇場ならではの新しい作品も打ち出していきたいですし、新シーズンには公演としての上演はありませんが「NBJ Choreographic Group」も継続して取り組んでいます。また、リハーサル見学などを充実させることで、さらなるお客様との交流を図っていきたいと思います。もちろん、ダンサーたちの待遇面もさらに改善していきたいです。ダンサーたちには、プロとして踊る自覚を強く持ってもらいたい。海外から振付家がいらしたときに、ダンサーたちの真面目な姿勢や助け合う姿勢に感心され、私としては誇らしく思います。ただ、自分の踊りに集中する時間も大切にしてもらいたいし、周りのダンサーたちに影響されることなく、自分の守るべきもの、プライドは持ってほしいと思います。

私が目指すところに到達するにはまだまだ道は遠く、本当に時間がかかります。たくさんの困難も待ち受けていますが、今は諦めず、とにかく進むのみです。

新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ7月号掲載