新国立劇場は、日本人作曲家によるオペラの上演をラインアップの大きな柱のひとつとして、開場記念公演『建・TAKERU』から『鳴神/俊寛』まで8本の作品に取り組み、作品・演奏・演出と多方面にわたって常に興味を呼び、話題を提供しています。『おさん−「心中天網島」より』は、オーストリア・グラーツ歌劇場と"シュタイヤーの秋"フェスティバルより委嘱を受けたオペラ『羅生門』で大成功を収めるなどヨーロッパで高く評価されている作曲家・久保摩耶子による新作。近松門左衛門の『心中天網島』を原本にした、エロティシズムと理性から生まれた愛の悲劇です。近松の描く愛の相克、初期資本主義という背景から受けたインスピレーションをもとに、設定を現代日本に移し、事業を成功させ頂点にある女性おさんが抱える愛の葛藤と自責の思いを軸に、ひとりの女性の生き方を問います。
久保摩耶子による"作曲ノート"より
近松の原本から私は限りない想像力をかきたてられる。それは原本の内容の豊かさの証明だろう。なぜ、おさんは自分をうちやっても治平と小春を救おうと思ったのか、なぜ、治平は女房か小春かどちらかに決断できなかったのか。おさんは単なる良妻賢母型の女性だったのか。回答は多様である。近松の『心中天網島』ではなく、近松から導かれたヒューマニズムで愛の不条理を描きたい。
ものがたり
太陽産業の新社屋完成祝賀会が盛大に行われている大ホール。女社長おさんは挨拶にテーブルをまわっている。出席者は、彼女の手腕を誉める一方で、仕事への情熱の代償に女としての悦びには無縁と陰口を言う。彼女の夫は恋人を作って借金を負い失踪し、殺人の容疑者となっている。その後おさんが会社を引き継いで再建したのだ。別室に下がったおさんが何気なくつけたラジオから、おさんの夫・治平が死体で発見されたニュースが流れる。呆然とするおさん。その記憶は10年前に遡る――。
|