平成20年度 新国立劇場 高校生のためのオペラ鑑賞教室 椿姫

指揮者が語るオペラ「椿姫」の魅力

こんにちは。「ラ・トラヴィアータ」で指揮をつとめます城谷正博です。みなさんはオペラを見るのは初めてですか? オペラをとっても簡単に説明するなら「歌を歌いながら進行するお芝居」です。舞台には豪華な装置と照明、歌手は美しい衣装を身にまとい、指揮者が振るオーケストラの音楽にのせてお芝居は進行していきます。


登場人物のキャラクターについて

世のオペラ作品の多くには、テノール歌手とソプラノ歌手の主役が恋人同士で、その二人の愛の邪魔をする存在のバリトン歌手が登場するのですが、今回の「ラ・トラヴィアータ」はそんなオペラの典型といえる作品です。
アルフレードとヴィオレッタのカップルをアルフレードの父親であるジェルモンが邪魔をするという構図なのです。ではこのドラマの中心となる3人のキャラクターについて順に見ていくことにしましょう。

テノールが歌うアルフレードは、南フランスのプロヴァンス地方から出てきた世間知らずのぼんぼんといった感じの青年です。思ったことはすぐに行動に起こしてしまうタイプで、ヴィオレッタに対しても直球勝負なんです。こうした社交界に珍しい直情型のタイプの男だったからこそ、ヴィオレッタの心を揺さぶったとも言えますけれども。
二幕の最初では彼が一人で歌うアリア<燃える心を>があります。ヴィオレッタと一緒に暮らせるようになった恋する若者が「幸せいっぱい!」という気持ちで歌うのです。しかしそんな彼は悪いことが起こるとすぐにその幸せな気持ちが絶望や逆上に変わってしまうのです。こういうところが世間知らずと思われてしまう所以かもしれません。

ソプラノが歌うヴィオレッタは、パリの社交界で娼婦をしていた女性です。しかしパーティーで愛を告白された青年アルフレードと共に、都会を捨て田園生活を送ります。この時彼女は初めて本当の愛というものを知ったのでしょう、自分の財産を売り払ってでも彼との恋を成就させようとします。アルフレードの父ジェルモンに「息子が娼婦と付き合ってるなんて知れたら、娘(=アルフレードの妹)の縁談に差し支えるから別れてくれ!」と言われた時、彼女はどうするのでしょうか?
「いやです!絶対彼とは別れません!」と言いはったでしょうか?一度はそのように言いますが、最後に彼女の出した結論は「自分の望みが他人を不幸にするのなら、愛する彼のために自分の望むものは諦める」というものだったのです!せっかく娼婦という裏社会から足を洗って真の愛に身を捧げるつもりだったのに…このような孤独な戦いを選んだことからも分かるようにとても意思の強い面も持ち合わせている女性と言えるでしょう。

バリトンが歌うジェルモンは、息子の愛を阻害するために存在するといってもいい役回りです。彼は愛に生きようとするヴィオレッタを認めません。それは彼が南フランスの田舎に住む「フツーの」お父ちゃんであり、しきたりを大事にしていざこざを嫌うといった性格ゆえかもしれません。ヴィオレッタの「華やかな社交界」とジェルモンの「秩序を重んじる小市民」が相容れないのは当然かもしれません。
<プロヴァンスの海と陸>という有名なアリアが二幕の途中にでてきますが、これはヴィオレッタに捨てられたものと信じ込んでしまった息子アルフレードに故郷を思い出させようと慰める歌なのです。

というわけで三人の人物像を見てきました。それぞれの立場の違いが音楽にもはっきりと現れています。このオペラのストーリーの中心はヴィオレッタの悲劇にあるわけですが、それを表すために彼女の歌にはその時々の心理状況が克明に描かれているのです。一方のアルフレードはそういった感情のあやと言ったものは感じられませんし、ジェルモンもそうです。しかし男性二人がこのような扱いになっているためにヴィオレッタの繊細さが引き立つのです。