2012年4月3日
尾高芸術監督による特別企画II「ドン・ジョヴァンニ」(演奏会形式)
【出演者による特別座談会】与那城敬×吉田珠代×石坂宏
(再掲)
本日4月3日(火)に行われるカヴァー歌手による演奏会形式「ドン・ジョヴァンニ」。今回は8人の出演者のうち、5人が新国立劇場オペラ研修所出身の若手歌手です。その中から、タイトルロールの与那城敬、ドンナ・アンナ役の吉田珠代のお二人を招いて、研修所時代の思い出から今回の公演の抱負までたっぷりと語っていただきました。進行役は音楽ヘッドコーチ、オペラ研修所特別講師で、今回の公演で指揮をつとめる石坂宏です。
左から 石坂宏、吉田珠代、与那城敬
いつ歌ってもいいように。カヴァー歌手の心構え石坂:今回の演奏会形式「ドン・ジョヴァンニ」は本公演のカヴァーのみなさんによる公演です。吉田さん、与那城さんはこれまでにオペラのカヴァーのご経験は?
吉田:今ちょうど小澤征爾音楽塾「蝶々夫人」で蝶々さん役のカヴァーをつとめています。これが初めてのカヴァーの経験で、すぐに新国立劇場の「ドン・ジョヴァンニ」ドンナ・アンナ役カヴァーが続きます。
与那城:新国立劇場では、「鹿鳴館」影山、「愛の妙薬」ベルコーレ、「沈黙」フェレイラと出演させていただきましたが、カヴァーはだいぶ遡って研修所を修了したばかりのころに「フィガロの結婚」と「マイスタージンガー」で経験しました。実は07年に小澤塾「カルメン」エスカミーリョ役で今回と同じくクヴィエチェンさんのカヴァーを務めたんです。彼の来日が遅く、僕がずっと稽古で歌っていたのですが、初役だったし、「彼が来なかったらどうなるんだろう?」とすごく緊張した記憶があります。でも、考えてみればたくさん練習できてカヴァーとしてはラッキーでした。
石坂:新国立劇場でもカヴァー歌手がリハーサルで歌ったり、稀にですが本番に急遽出演することもあります。暗譜はもちろんのこと演技も全部覚えなくてはいけない、でもチャンスは少ない、心理的にも結構大変ではないかと思いますが、いかがですか?
吉田:いつでも出ていって歌えるように毎回ちゃんと発声してリハーサルや本番に挑みます。自分を聴いてもらえるチャンスがあればちゃんと歌いたいし、本役よりも上手に歌いたいというモチベーションを持ち、受け身にはなりたくないと思っています。
与那城:今日、明日舞台に立ってと言われてもちゃんと歌えるような心構えがカヴァーには必要だと思っています。
石坂:外国人歌手のカヴァーをなさって、本役から得ることは多い?
与那城:音楽的なことはもちろん、世界のトップクラスの歌手をみて思うのは、エネルギーがあるということです。そこにいるだけで発しているものがある。スター歌手っていうのはこういう人たちなんだ、ということをすごく感じますね。
吉田:外国人の歌手の方って、舞台で歌うことが特別ではないんですね。オーストリアのシュタイヤー音楽祭でドンナ・アンナ役を歌った時、私は日本人らしく真面目に公演に向けてコンディションを整えていたんですけど、向こうのキャストには朝ハイキングやゴルフをしてから夜本番を歌う人も多くて・・・ 日常の生活の中に公演が入っている感覚なんです。
石坂:僕もドイツの劇場で仕事をしていましたけど、向こうでは毎日のように公演をやっているんです。日本では本番が少なくて、それが歌手の方には可哀想だなと思います。本番を経験して勉強できることってすごく多いですから。
世界のオペラハウスと結び付いている新国立劇場オペラ研修所石坂:お二人とも新国立劇場のオペラ研修所出身ですが、大学で勉強されていたことと違いはありましたか?
吉田:学生の時は発声の習得に精一杯で、解釈や表現には及びませんでした。研修所では、特に海外の先生からは「自分から出てくる表現を大切に」と言われて、声のことはおざなりでいいのかと悩んだりしたのですが、そのバランスが大切だと学んだ3年間でした。
石坂:大学や大学院で発声中心に声をしっかり作って、研修所ではそれをベースにしながら、役や音楽と結び付けるという感じ?
与那城:僕たちが研修生の頃は、指揮や演出、コレペティの先生による授業が中心で、発声についてはイタリアのベルトッキ先生が年に2、3回来られて集中的なレッスンがありました。3年目にはボローニャで数カ月研修しました。イタリアの空気を吸って、美味しいご飯を食べて(笑)、午前中はイタリア語の授業、午後は歌のレッスン。このイタリア研修で発声を見つめ直すことができ、自分のベースを作ることができました。修了公演に向けて、ドン・ジョヴァンニ役を勉強したのもこの時です。
あと、研修所にいらっしゃる先生方が世界の歌劇場と結び付いていて、現場をご存じなんですね。学校で習ってきたことと世界が違う。世界のオペラハウスで求められていること、現状が直に分かり刺激になりました。
石坂:それは大きな意味がありますね。そういえば与那城さんは桐朋学園大学のピアノ科を出られているんですね。もうピアノをバリバリに弾かれると思うんだけど、オペラ歌手になろうと思ったのは?
与那城:僕はオペラファンだったんです(笑)。ピアノで伴奏したり、大学の副科で声楽を学んだのをきっかけにオペラが好きになって、バイト代を貯めてオペラを見まくりました。次第に自分でもやってみたいと思うようになったんです。
吉田:私も高校まではピアノをバリバリ弾いていました(笑)。中学で合唱部に入って、声が出たので面白かったんですね。その頃からこういう声でこういう音楽を歌いたい、という気持ちがずっとありました。
石坂:研修所を出られてからは、今日までお二人はどういう勉強、活動をされてきたんですか?
与那城:研修所修了後、文化庁の在外研修で1年ミラノに留学しました。レッスンを受けながら、語学も勉強し、コンクールにも挑戦しました。
石坂:帰国後は、どんどん仕事がきたんですか?
与那城:最初の半年は仕事も少なく、歌い手として生活できるか不安でした。ただ、僕の場合ミラノ行く前に、二期会の「コジ・ファン・トゥッテ」グリエルモ役のオーディションに合格して、帰国1カ月後に公演があったんです。なので、ミラノでも帰国後の公演をひとつの目標として勉強しました。この公演以降、少しずつ日本での仕事が増えていきました。
石坂:研修所を出た後、どういうふうに進んでいったらいいか悩まれる方も多いのでは? それともやりたい事がすぐ見つかった?
吉田:私は自分の思う事をやってきた感じですね。私は時間がかかるタイプと自覚していたので、じっくり勉強してきました。文化庁の在外研修でイタリアに行って声の勉強を1年間みっちり、その後別の奨学金をいただいてドイツとオーストリアで勉強し、3カ国に住んで自分が成長する糧になりました。
石坂:研修所出身の方がこうやって新国立劇場でカヴァーをやられたり、舞台に出演されるのはすごく良い流れだと思います。研修所から新国立劇場、こういうステップが続いてほしいですね。
声で勝負する「ドン・ジョヴァンニ」石坂:今度の演奏会形式の「ドン・ジョヴァンニ」は、演技、衣裳やメイクなしで、レチタティーヴォ含めて全曲演奏します。声だけで勝負するわけで、これはオペラをやる上で難しいんじゃないかと思うんですが、いかがですか?
与那城:ドン・ジョヴァンニというキャラクターは、特に演奏会形式でやるのは難しいですね。モーツァルトのオペラはアンサンブルというイメージがあるのですが、ドン・ジョヴァンニ役は特別で、演技、見た目など全ての面でキャラクターが立ってなくてはいけないと思うんです。音楽、声だけでドン・ジョヴァンニを表現するのは、自分にとってチャレンジですね。演技があれば誘惑のシーンも分かりやすいですが、今回は声だけでお客さまを信じさせなくてはいけないわけで。
石坂:オペラの本公演よりも難しいかもしれませんね(笑)。吉田さんはドンナ・アンナという役についてどう思われますか?
吉田:あまりよく分からないんです。
石坂:僕も実はよく分からないんです(笑)。ドンナ・エルヴィーラは結構分かるんですけど。アンナはオペラの最初にドン・ジョヴァンニと接触して、最後ではオッターヴィオと一緒になると分かっていながら「一年結婚を待ってください」と言ったりする。
吉田:意味分からないですよね(笑)。ファザコンなのかな、とも思ったりします。
石坂:逆にキャラクターを出すのが難しい役ですね。
吉田:いろんな「ドン・ジョヴァンニ」を観てきて、オッターヴィオのキャラクターに左右されるんじゃないかと思います。弱腰なオッターヴィオもいれば、ガツンと攻めてくるオッターヴィオもいる。それによってアンナの受け方も変わるんじゃないでしょうか。
石坂:僕は今回楽譜を読んでいて、オッターヴィオは脆弱な優しいだけの人間じゃなくて、強さも持っているんじゃないかと感じています。オッターヴィオを歌う鈴木准さんにもそういうキャラクターを出してほしいと伝えています。
モーツァルトは学校などで最初に勉強しますね。ヴェルディ、プッチーニ、ワーグナーなどをやって、またモーツァルトに戻ると、僕にとってモーツァルトは演奏家の原点という風に感じるんですが、皆さんはいかがですか?
吉田:私もそうです。モーツァルトを自分の声のバロメーターにしています。年をとるにつれて声が重くなってきますけど、モーツァルトを歌えない歌手には絶対なりたくないと思っています。私の声に合うモーツァルトの役、アンナ、伯爵夫人、フィオルディリージ、パミーナには、ごまかしがきかない難しいアリアが与えられているんですね。その人がどれだけ音楽や声に対して真摯にやってきたかすぐに分かる。モーツァルトを歌うためにテクニックの勉強をしているといっても言い過ぎではないくらいです。
与那城:全く同じような感覚でいます。バリトンの場合は、テクニック的にはそれほど難しい役はないんです。ただ、音楽の構築感、バランスというのがすごい。モーツァルトは、ドイツ的な音楽とイタリア語が混在しているのが面白い。そういう部分を表現できる唯一の作曲家だと思います。
石坂:モーツァルトにはレチタティーヴォがあって、バロック音楽の要素を残しながら、18世紀後半のドイツ語圏に生まれ育った彼独自の音楽が出てくる。そして歌われる言語はダ・ポンテの書いたイタリア語。モーツァルトのオペラは独特な立ちどころにありますね。
昨年の震災直後の「ばらの騎士」では、日本人のカヴァーの方3人が急遽出演、みなさん実力を発揮されてすごく嬉しかったです。そして演奏会形式の「コジ・ファン・トゥッテ」も好評をいただきました。そういう状況で、日本人歌手には今追い風が吹いていると思うんです。今日お話を伺って4月3日のコンサートが益々楽しみになってきました。期待しています。
尾高忠明芸術監督による特別企画II「ドン・ジョヴァンニ」(演奏会形式)公演情報はこちらから(初掲載3月19日)