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2011年5月9日

5月15日上演 コジ・ファン・トゥッテ<演奏会形式> 
アンサンブル能力の高い日本人が、実力を発揮できる「コジ」

新国立劇場オペラ公演の全ての役柄には、カヴァー歌手がキャスティングされています。カヴァー歌手は、本役歌手と同様、事前の勉強をし、稽古から公演までいかなるアクシデントにも対応できるよう本役歌手の控えとしてスタンバイしますが、本役歌手にトラブルがない限り、舞台に立つことはありません。日本のオペラハウスで、日本人歌手の活躍の場は必要不可欠と考える尾高芸術監督は、2011年5月の『コジ・ファン・トゥッテ』公演カヴァー歌手による歌唱の場を演奏会形式で企画しました。この特別企画『コジ・ファン・トゥッテ』(演奏会形式/5月15日)の指揮者であり、新国立劇場音楽ヘッドコーチでもある石坂宏に、公演にかける想いを聞きました。


☛;尾高忠明芸術監督による特別企画 コジ・ファン・トゥッテ<演奏会形式>

指揮:石坂 宏

■二組の男女の心理劇を演奏会形式で。自分もチェンバロを弾きます。
一般的にオペラは、衣裳・ヘアメイクをつけて、舞台装置が飾られた舞台の上で上演されるものですが、今回は演奏会形式です。特にモーツァルト「コジ・ファン・トゥッテ」は、二組の男女の心理劇なので、これを演技なしでお客様に理解し、楽しんでいただくのは簡単なことではありません。今、歌手のみなさんと練習を始めたところですが、台詞を音に乗せて語る“レチタティーヴォ”のところも演技なしでお客様によく伝わるよう、ちょっと誇張するくらいに、おもしろくやってくださいとお願いしています。今回は自分でチェンバロを弾きながら指揮をするので、統一した流れをとして音楽を捉えることができます。以前、スイスのバーゼルでモーツァルトの『偽の女庭師』を弾き振りしました。『フィガロ』や『コジ』のように心理のあやをおもしろく描いたオペラですが、とても楽しかったです。


■アンサンブル能力の高い日本人が、実力を発揮できる「コジ・ファン・トゥッテ」。
「コジ・ファン・トゥッテ」は、アンサンブル・オペラ(重唱)です。ワーグナーやヴェルディ作品のように個人の声の大きさを必要とされるオペラでは、どうしても日本人は小粒になりがちです。しかし、日本人は、アンサンブル能力が高くチームワーク作りは得意とするところですから、このモーツァルトのアンサンブル・オペラの傑作は、絶対にうまくいくと確信しています。どうぞご期待ください。


■音楽ヘッドコーチとして、日本人歌手に思うこと
日本人は指揮に合わせる能力が非常に高いのですが、個性がなくなりがちともいえます。音楽ヘッドコーチをしながら気がついたことですが、欧米からの歌手は、音楽芸術分野以外の面においても自己主張が強烈にあります。まず、自分が歌いたいテンポや表現の仕方を指揮者に示す。これに対して指揮者が自分の考えを説明し、やがていいものが出来上がる。両者が平行線となって本番近くまでがたがたする場合もありますが、それだけ自己主張しているのです。
例えば、『ばらの騎士』オックス役のハヴラタさんは、この役を700回以上やっていて寝ていても歌えるので、テンポなど自分の持っているものをリハーサルでぶつけてくる。自分の音楽的主張とどうあわせるか、最初は難しいのですが、1+1が3になるように、ある意味シビアで、想像力をかき立てる創造的な仕事になります。
特に音符からはなれて自由に歌い喋るレチタティーヴォは、アリアよりも音符の制約がすくないだけ、台詞に込められたものを自発的に表現する力を要求されます。そのあたりが日本人にはまだ苦手な部分なのではないかと私は思うのです。「自分はこういう風にやりたいんだ」とアピールする自発性を、身につけていって欲しいです。私もオペラ指揮者として、歌手の個性をいかしながら自分の音楽をまとめて行きたいと思っています。


■音楽ヘッドコーチの仕事は音楽的な現場監督
2007年9月より新国立劇場の音楽チーフとして日本での活動を開始し、08年4月か新国立劇場音楽ヘッドコーチ(Studienleiter)となりました。
音楽ヘッドコーチの仕事というのは、簡単に言えば音楽的な意味での現場監督だと思っています。いかに公演の音楽的クオリティーを高く持っていくかという責任を現場において任されています。指揮者をできる限り補佐して音楽的に最高の状態に持っていけるようにします。音楽稽古の指揮など、歌手たちと音楽的コンタクトをとって、指揮者の音楽的要求をできる限り伝えます。オケつき舞台稽古では、指揮者からのダメ出しを伝えたり、音のバランスを見ます。指揮者が外国人の時は、指揮者からの指示を日本語に訳して伝えます(日、独、伊、英)。また、時間的な制約の中で指揮者が効率よく練習を進められるよう舞台監督と連絡を取りながら調整します。
音楽スタッフの長でもあるので、指揮者とピアニストたちと密に連絡をとり、仕事をしやすい環境作りや指揮者への要望を聞いて潤滑油的な役割を果たしたりもします。
それから、カヴァー歌手の音楽稽古の指揮や個人稽古をして、いざというときには舞台に上がれるように暗譜の状態にもっていくことも非常に大事な仕事です。ただ、本番に出られる可能性が低いため、お客様の前で歌う機会を作ってモチベーションを上げられればと思っていたので、尾高監督がこのような機会を作ってくれたことは わが意を得たりという気持ちで非常に嬉しく思いました。これが、次に繋がる足がかりになればいいと思っています。「ばらの騎士」ではカヴァーである日本人歌手3人、安井陽子、井坂 惠、小林由樹が本公演で大変健闘し、非常に嬉しく思いました。


楽譜からの音楽が読み込むうちに自分のものになり、
血肉になるまで勉強します。

■欧米の劇場の経験が、新国立劇場『オテロ』での突然の指揮者変更に役立ちました。
新国立劇場で働く前は、フライブルク、ハイデルベルク、バーゼル、キールといったドイツの劇場の専属音楽スタッフとしてコレペティトゥーア(ピアノで歌手とのマンツーマンの練習を責任以てやる)や指揮のアシスタントをしていました。時々、本公演指揮者が劇場をあけて他に指揮をしに行ってしまうことがあるので、事前に指揮をしたいと伝えておくと練習なしで(笑)本番の指揮を任されることもありました。自分が勉強してきたものを試す絶好のチャンスなのですが、練習もなしにオケの前に立つわけですから、緊張の真剣勝負でした。この経験が、忘れもしない2009年10月6日新国立劇場『オテロ』公演の、指揮者交代で役立ちました。その日は公演と同じ時間帯で、次の『蝶々夫人』公演の稽古が入っていました。私は地下のリハーサル室で立ち稽古の指揮をしていたのですが、休憩中に舞台監督に呼び出され、「指揮のフリッツァが肩の痛みでもう振れない。イシザカにこの続きをやって欲しいを言っている」というのです。本当に突然でしたが、ヨーロッパの劇場でこのような経験を数多く積んでいたので、落ち着いて指揮台に立つことができました。大きな拍手の中でもオケからの拍手が一番嬉しかったですね。

■各幕最後の大アンサンブルが聴きどころ
モーツァルトが一番力を入れたのはアンサンブルだと思います。各幕の最後のフィナーレで全員が出てくる大アンサンブルがあって、それぞれが各々の心理状態をしゃべっています。その部分の音楽は生き生きと変化に富んでいて、モーツァルトが心理劇を見事に表していて、一番の聴き所ではないでしょうか。
一人一人のキャラクターを、演奏会形式という制約された環境で存分に発揮できるか、日本人にアンサンブルとしての協調性を持ちながらも主張させる音楽的自発性、キャラクター作りへの取り組みが問われる公演です。私は、チェンバロを弾き、指揮をしながらコントロールをするわけです。
オペラはいろいろな要素が入った総合的芸術ですから、様々な見方ができます。それが楽しみであり、1回足を運べばオペラが好きになる魅力を持っています。
声だけで楽しむのも良いでしょうし、本公演と両方観ればもっと楽しいでしょう!


「コジ・ファン・トゥッテ」リハーサルに集まった歌手たちと(左から4人目)

■尾高芸術監督からのメッセージ

新国立劇場オペラ部門の音楽スタッフは、自分がこの劇場と関わる前から優秀だと聞いていたが、ここまで素晴らしいとは!歌手の方々や合唱団員からの信頼も絶大と聞いている。そのスタッフの長たる石坂さん。その経験、知識、情熱、技術、どれをとっても素晴らしい。肩を痛めて途中降板したフリッツァさんに変わって『オテロ』を見事に指揮した時、その優秀さが証明された。今回の公演でも、さぞ素晴らしい『コジ』を聴かせてくれる事だろう。また、通常の公演において真の「縁の下の力持ち」で、頑張って下さっているカヴァーの方々の素晴らしさも、常々僕は申し上げている。先日の『ばらの騎士』では安井さん、井坂さん、小林さんが見事にこれを証して下さった。今回の6人の方々も素晴らしい『コジ』を聴かせて下さる事を確信している。
ご期待下さい!