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2011年4月11日

まもなく「コジ・ファン・トゥッテ」で日本登場!
ヨーロッパで旋風を巻き起こす演出家ミキエレット、話題の演出作品をご紹介

ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル「泥棒かささぎ」
ⓒstudio amati bacciardi
今、世界のオペラ界で最も注目されている演出家のひとりダミアーノ・ミキエレットが5・6月上演の「コジ・ファン・トゥッテ」で新国立劇場に登場する。ミキエレットの新鮮で大胆な舞台は、多くの賞賛と話題を呼び、今では世界中のオペラハウスからオファーが殺到しているとか。
ミキエレットの近年のオペラ演出作品をミラノ在住の音楽ジャーナリスト、井内美香さんにレポートしていただいた。
 
ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル「泥棒かささぎ」
ⓒstudio amati bacciardi
07年、ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル「泥棒かささぎ」で
世界的に脚光を浴びる


ダミアーノ・ミキエレットの名前がイタリア・オペラ界に広く知れ渡ったのは2007年にペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティヴァルに「泥棒かささぎ」を演出した時であった。光るものが好きなカササギが銀のフォーク・セットを盗んだためにヒロインに嫌疑がかかり…というストーリーなのだが、ミキエレットはオペラの冒頭部分に一人の少女が眠りに就く所を見せ、この少女が夢の中でかささぎになった、という演出をした。つまり全ては夢だったという設定なのだが、ロッシーニがこのオペラに書いたシリアスな音楽、不安をかき立てる重い雰囲気が、夢という非現実だからこそかえってその恐ろしさを浮き立たせる演出で表現された。また少女役の俳優が見せる客席に届かんばかりの空中遊泳など鮮烈な印象が忘れられない舞台である。
 
トリノ歌劇場「蝶々夫人」
ⓒFondazione Teatro Regio di Torino
発表する演出作品が次々と話題に

オペラ関係者が多く訪れ、また国際的な観客層で知られるペーザロでの成功により、ミキエレットには仕事が殺到することになる。ナポリのサン・カルロ歌劇場では豪華ヨットのクルージングにトップレス女性を出して賛否両論となった「後宮よりの誘拐」。トリノ歌劇場では東南アジアへの買春ツアーへの痛烈な皮肉を表現した「蝶々夫人」、チューリヒ歌劇場ではイタリアらしい美意識の利いた美術のヴェルディ「海賊」と「ルイザ・ミラー」。
 
フェニーチェ歌劇場「ドン・ジョヴァンニ」
ⓒMichele Crosera
ミキエレットの演出は、物語に起こる出来事よりも、その中で語られる人間のさまざまな反応、心理などをくっきり描き出す事によって作品を表現する。その意味で台本にきわめて忠実である。ヴェネツィア出身の彼がフェニーチェ歌劇場に演出した「ドン・ジョヴァンニ」は回り舞台を駆使した室内のみの演出で、ドン・ジョヴァンニは何事にも満足できず、最後には自分を破壊しつくしてしまう男として描かれていた。
 
ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル「絹のはしご」
ⓒstudio amati bacciardi
ロッシーニの失敗作とされていた作品を新しい切り口で
蘇生上演


もう一つミキエレットの大きな特徴は非常に音楽的な演出である、ということだ。ペーザロで見たロッシーニの「絹のはしご」は現代のお洒落なマンションでピンクのスポーツ・ウェアを着たヒロインを中心にした楽しいものだったが、最後に、はしごに使っていた白絹を舞台いっぱいに広げ、その下で登場人物達が飛び跳ねる若者らしさが溢れた楽しいものだった。
 
ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル「シジスモンド」
ⓒstudio amati bacciardi
そして、最近の彼の演出で大きな衝撃を受けたのは同じくペーザロで2010年に上演された「シジスモンド」である。ロッシーニの失敗作と長年言われていたオペラを蘇生上演したものだ。ミキエレットは中世ポーランドの王国の話を近代の精神病院に設定した。愛する妻の不貞を信じ彼女を殺させた(実は未遂に終わったのだが)故に狂気に陥った王が、長年の後その妻と再会し、二人が再び愛を見つけるまでの物語の、嫉妬、裏切り、愛情、そして許しを、歌手たちの細かい演技を通じて現代の観客だからこそ胸を打たれる切り口で見せたのだ。ロッシーニのこのオペラがあまりにも進歩的で深い内容を持つゆえに正しい評価が今日まで得られなかった、という逆の真実を知らされた舞台であった。演出の力はこれほどまでに大きいのだ。ミキエレットはこれからのオペラ界を担っていく真の才能であると思うのはこれらの舞台故である。

<文=井内美香(音楽ジャーナリスト)>



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