「エレクトラ」
オペラトークの模様を掲載

10月25日(月)に「エレクトラ」オペラトークが開催されました。指揮者ウルフ・シルマー、演出家ハンス=ペーター・レーマンをゲストに迎え、軽妙なトークと、ピアノの実演も織り交ぜた充実したひとときとなりました。ご観劇が一層楽しくなるトークの模様を、ぜひご一読ください。

 
 
「エレクトラ」オペラトーク
2004年10月25日(月)
新国立劇場中劇場
   
出演 ウルフ・シルマー(指揮者)
  ハンス=ペーター・レーマン(演出家)
  トーマス・ノヴォラツスキー(芸術監督)
  松田暁子(ドイツ語通訳)

■「エレクトラ」公演情報


トーマス・ノヴォラツスキー(ノヴォラスツキー) 本日は、リヒャルト・シュトラウスのエキスパートである演出家のハンス=ペーター・レーマンさんと指揮者のウルフ・シルマーさんにお話しをうかがってまいります。おふたりは、朝からの非常に密度の濃いリハーサルを終えて、ここに駆けつけてくださいました。


「エレクトラ」の作品そのものは110分ほどの短いオペラではありますが、内容の濃さからいうと「ニーベルングの指環」にも匹敵するのではないでしょうか。
まず、この作品の歴史的なことをお話ししたいのですが、その切り口としてギリシャ悲劇のことから入っていきたいと思います。レーマンさん、この物語の主役となっているアガメムノン家というのは、普通の仲の良い家族なのでしょうか?

ハンス=ペーター・レーマン(以下レーマン):アガメムノン家の祖先は、アトレウスという人でした。この名前はヨーロッパの文化史では、“欲望の呪い”という意味としても使われている表現です。ある詩人の有名な言葉に「法は、永遠の病のように継承されていく。」というのがありますが、アガメムノン家は、その呪いを永遠の病のように継承している家系でした。この話は、人間誰しも一度は誰かを傷つけたことがあるという原則から始まっています。これは私たち人間が互いに、いかに関わって生きていくかという人間の普遍的なテーマです。罪、贖罪、犯罪、そしてモラルや掟に関する全てのことが、その中に重なり合って反映されていますが、それがこの悲劇の主たるテーマです。

ノヴォラツスキー:ギリシャ悲劇は、どのように上演されていたのでしょうか。


ギリシャ悲劇は当時の民衆を対象に上演されていました。民衆にモラルの価値、尺度を示すためだったと言われています。このギリシャ悲劇については有名な3人の詩人がおりました。アイスキュロス、エウリピデス、そしてソフォクレスが当時のギリシャ悲劇の3大詩人と呼ばれ、それぞれ「エレクトラ」を素材にして、オリンピック競技のように誰が一番良い詩を書くかを競ったようです。このオペラ「エレクトラ」はソフォクレスの題材によるものです。そして、このソフォクレスの書いた悲劇を、二千数百年以上もの時を経てフーゴー・フォン・ホフマンスタールが戯曲の台本に書き直したのです。ホフマンスタールは、深層心理学的な精神分析の観点からの戯曲に書き換えました。ホフマンスタールの台本に音楽をつけたリヒャルト・シュトラウスについては、新国立劇場でも「ナクソス島のアリアドネ」などが上演され、皆様その素晴らしさを十分ご存じと思います。


ノヴォラツスキー:この辺りで、音楽的見地からのお話をマエストロ・シルマーにうかがいたいと思います。


ウルフ・シルマー(以下シルマー):もともとのテーマになっている娘の父親に対する異常なまでの愛というものは、ヨーロッパでは非常にポピュラーな題材です。娘は、自分と違う性別である父親に精神的に強い結びつきがあるものです。その反対に、男の子が自分の母親にあこがれを持つ場合もありますね。アガメムノンの娘たちは、父親が不正のもとで不遇に死んでしまったことで、心に大変な痛手を負っています。エレクトラの場合、父親への愛が病的なまでに高まっていたのです。ドイツ文化においては、これほど強烈で感動的な愛はないと思われるほどです。しかし、エレクトラは、父親に対する愛が深くなり過ぎたが故に、父親と離れることができないほどの状態になってしまいました。さきほどレーマンさんもおっしゃいましたが、このオペラは深層心理分析が非常に大きな要素になっています。リヒャルト・シュトラウスは、この心理的な、病のようなものを音楽で深く表現しています。


ノヴォラツスキー:では、罪の意識について、もう少しお話しいたしましょう。音楽を聴いてもわかるように、最初から、罪の意識から逃げられないということがテーマになっていますね。


レーマン:緞帳が開いた瞬間から、罪が、そこにいる登場人物の肩に重くのしかかっています。たとえば、ヴェルディの「マクベス」、新国立劇場でもまもなく再演されるということですが、このなかでマクベス夫人は自分の罪をぬぐおうと手についた血潮を洗いますが、洗っても洗っても血はぬぐい去れない運命となります。「エレクトラ」では、緞帳が開くとそこには、日々の儀式を行う証人たちが登場します。その日々の儀式とは、支配者であるエレクトラの母親クリテムネストラとその情夫のエギストの命令により、王アガメムノンが殺されたその場所を、下女たちが毎日きれいに掃除をするというものでした。そのことにより、むしろ彼らの罪が毎日再現されていると言えます。しかし、クリテムネストラとエギストだけに罪があるのではありません。オペラの中ではそれ以前の話は出てきませんが、ギリシャ神話の中にその罪の深さを読みとることができます。アガメムノンは自分が王になるために、クリテムネストラがお腹を痛めた乳飲み子を殺したのです。このようにお話ししていきますと、なんと残忍な罪のストーリーなのだとお思いになることと思いますが、これは人々への警告として、当時の民衆の前で上演されていたのです。

シルマー:罪の意識、モラルの話がでましたが、少し違う角度からお話ししてみたいと思います。私は音楽家ですから、この音楽は何を皆様にお伝えするかということをお話ししたいと思います。今いろいろ陰惨なお話が出ましたが、その背後にはやはり愛があるということなのです。これは痛みを伴う愛なのです。そして、このスコアの中には、その愛が開花するすばらしい箇所があります。始まって間もなく、エレクトラの長いモノローグがあります。そのモノローグの中に、自分の家族とどんなにすばらしい時を過ごしたかと語るところがあります。そこで流れる音楽が、最後に弟と再会したところに繰り返されるのです。やはり、根底にはそのような愛があったということがわかります。これはリヒャルト・シュトラウスが高貴な愛を歌っているところなのですが、憎悪は、かつて愛があったところに生まれ、また憎悪と愛は共存するということです。まるでコインに裏と表があるのと同様です。


レーマン:これは、ホフマンスタール自身が書いた言葉を引用してお話ししたいと思いますが、妹のクリソテミスの言葉です。「愛が全てである。愛が無くて、誰が生きていけようか」。シルマーさんもこのテーマには愛があるとおっしゃいました。しかし妹が「愛が無ければ生きていけない」と言ったとき、姉のエレクトラは「愛は死ぬ。しかし、誰も愛を求めない。誰も愛を知らなかったのだ」と答えています。


ノヴォラツスキー:エレクトラ、妹のクリソテミス、そして母親のクリテムネストラは、それぞれ憎悪の念を持つ理由があるのです。アガメムノンが殺害されたことをめぐって、お互いに憎悪感を持っているこの3人の女性は、レーマンさんの稽古を見ていても、それぞれが理解しあえないということがよくわかります。しかし最後にエレクトラとオレストが再会するところは、調和がとれていると思われる貴重な部分ですね。


レーマン:最後にエレクトラとオレストが再会し、姉弟だと再びわかりあった瞬間が、このオペラのハイライトだと思います。この場面のリヒャルト・シュトラウスの音楽は、信じがたいほど美しいものです。エレクトラは長い間、父親を殺されたことに対する復讐を切望していましたが、その願いがやっと叶えられるという瞬間に、目の前に立っていたのが弟のオレストであった・・・このときの気持ちは、愛によってこれまでの苦しみが和らげられ、そして復讐によって解放されるという喜びでもあったのです。この時、エレクトラは愛する弟の名前を1回だけではなく3回、続けて呼びます。「オレスト・・・オレスト・・・オレスト」。私は、稽古場でも、そして公演でもこの場面にくると、いつも涙がこみ上げてきてしまうのです。


ノヴォラツスキー:この場面のことをもう少しお聞きしたいのですが、これは「サロメ」のサロメとヨハナーンのシーンにも匹敵するところがあると思うのですが。


シルマー:リヒャルト・シュトラウスは、スコアの中にたくさんの“名言”を隠しています。スコアから、多くのことが読み取れるのです。最後にエレクトラがヤハー!と叫ぶところがありますが、その音楽はサロメの踊りのシーンに匹敵します。かわいらしい女性がベールを脱ぎながら踊るところで、サロメをよく表現している音楽です。


ノヴォラツスキー:レーマンさんにとっても、「エレクトラ」と「サロメ」は基本的なところで音楽、そしてドラマトゥルギーで比較できる点がありますか?


レーマン:「エレクトラ」と「サロメ」では、舞台上のドラマトゥルギーにおいては大きな違いがあると思います。サロメは愛に恋い焦がれ病的なまでに愛を求めていますが、エレクトラは復讐に恋い焦がれているのです。ドラマトゥルギーからすると、「エレクトラ」は「サロメ」よりむしろ「ナクソス島のアリアドネ」に近いと思います。「変わっていくということ、変容するということは、人生を生きることである。生きるためには、忘れなければならない。生きるためには、自分を超えなければならない」。これは「アリアドネ」についてホフマンスタールがシュトラウスに書き送った言葉です。これと正反対に、エレクトラは全く忘れることができないのです。毎日毎日、父親が殺害されたことをわざわざ思い出しており、妹のクリソテミスはそのことを非難し、エレクトラに向かって言います:「私たちをこの土に縛り付けているのは、あなた。そうでなければ、もうここから出られていたのに」。そしてエレクトラは、このオペラの最後に復讐が遂げられ解放されたあと、生き延びることができません。エレクトラは、そこから変化することができなかったからです。アリアドネの場合は、それと違いバッカスと共に、新しい次の美しい世界に入っていきました。アリアドネは、生きるために変化するという秘蹟を信じたのです。


シルマー:最後の場面の話をする前に、「エレクトラ」の音楽のことをもう少しお話しさせてください。
「エレクトラ」の音楽は「サロメ」の音楽を比べてみますと、 〜ピアノのところに移動〜 「サロメ」には美しいメロディ、長いフレーズ、調和的な音楽が多用されていますが、「エレクトラ」の場合は全く違います。


ふたつの調和の異なる2つの和音ですが、この和音は音楽的に解決されず、固定されています。これには意味があるのです。これはドイツ語のおぞましい言葉「Hass」”憎悪”の和音なのです。これらの和音は、それぞれ和声解決(調性の基本の和音に戻る)することなく、この音程を保った不協和音のまま上昇、下降します。
では、次に、美しいところを弾いてみましょう(笑)。これはエレクトラがオレストの名を呼ぶ場面の音楽です。
 

とても綺麗なメロディで、ハーモニーも聞きやすいですね。まるで美しいドイツリートの響きのようです。こうふうに始めるとトークを忘れてどんどん弾いていたくなってしまいますが(笑)よろしいですか?


さて、実は、3週間前にウィーンでこの楽譜をながめていて発見したことがあります。リヒャルト・シュトラウスは、クリテムネストラとエギストが殺害される場面に、ある特別な音楽を与えています。その場面の歌詞を見ると、ここはオレストが中に入って行って2人を殺害するシーンだと誰もが考えるところです。しかし、オーケストラからはクリテムネストラが殺されたところで、一つのモチーフだけが聞こえてきます。




これはオレストのモチーフ(音楽的動機)ではなく、このオペラに出てくる別の人物−オレストの養育者−のモチーフなのです。日本語ではオレストの養育者と訳されていると思いますが、このドイツ語でいうDer Pfleger養育者は、ギリシャ語でいうとセラピストという意味なのだそうです。エギストが殺された時も、同様にこの養育者のモチーフが使われているのです。オレストのモチーフはほとんど聞こえてきません。これはオペラのレパートリーの中でも稀な例だと思いますが、スコアだけがこの物語の真実を語っているのです。最後のシーンのところをお話ししましたので、もう一度最初のところに戻りたいと思います。もともとの下敷きになったのがギリシャ悲劇ですが、それも音楽によく表れています。今回、レーマンさんの演出によって、それらのひとつひとつのプロセスが明らかにされています。楽譜上の音楽で表現されていることが、レーマンさんの演出によってストーリーをより鮮明に舞台で皆様にご覧いただけるというわけです。


ノヴォラツスキー:母親のクリテムネストラといえば、迫害者を情夫としている悪女と言われますが、実際はどういう女性なのでしょうか。


レーマン:最初に申し上げましたが、この「エレクトラ」の話には、前の前のストーリーがあります。クリテムネストラは、アガメムノンにより、大きな苦しみを与えられていました。トロイア戦争へと遠征する船出の折に、アガメムノンはクリテムネストラとの間の娘イフィゲニアを、神の生贄として捧げてしまいました。後に王冠はアガメムノンから奪い去られ、エギストの手に渡ります。先ほどシルマーさんがピアノで弾いた中に、解決されることのない”憎悪”の和音があるように、憎しみが常にそこに留まっていることがテーマとなっています。ただ、このオペラの特徴的なところは、憎悪が常に存在しながら、その背後には必ず愛があるということです。サロメは死の秘密より愛の秘密のほうが大きいと言いました。エレクトラは、誰も愛などを知るものはいないと断言しました。新国立劇場では、「ニーベルングの指環」をご覧になった方も多いかと思います。ここでも、ヴォータン、ブリュンヒルデの父と娘のストーリーが展開されています。この長編にも陰惨な逸話が繰り広げられているわけですが、「神々の黄昏」の最後には愛のモチーフHeir ist das Wunder. (ここに奇跡)が現れます。ジークリンデが、これから自分が母親になると分かった歓喜の叫びのときにも、このモチーフが響き渡ります。ですから、「神々の黄昏」はやはり愛こそが将来のビジョンだということで終わると言って良いのではないでしょうか。


ノヴォラツスキー:クリテムネストラが舞台にいるときの音楽はどうですか?

シルマー:クリテムネストラが最初に登場したあとには、まずオーケストラは静かに、先ほど私が弾いた”憎悪”の和音だけを演奏します。ここで、この家族には憎しみしかないということがわかります。その後、クリテムネストラが娘のエレクトラと話すシーンがありますが、そこでは強迫的な響きが出てきます。そして次に、これはとてもモダンで美しい音だと思うのですが、クリテムネストラがエレクトラに自分の見た夢のことを話すシーンです。〜シルマー氏その場面の音楽を演奏〜 私はこのような夢は見たくないですね。この音楽を聴けば、彼女がどんな心情であったかを感じ取っていただけると思います。非常に深い無意識の中に、自分の魂を語っているのです。「おまえは自分の息子に殺されるのだ」〜ピアノを弾きながら歌う〜 「オレスト、オレスト、オレスト・・・」。それ以外にも自分の魂を語っているところがあります。自分の家族の中の緊張を何とか解きほぐして欲しいと・・・そこは憎しみの和音の変形です。そして、3つ目の要素としてディアボロス(悪魔の和音)と呼ばれるものも登場しますが、これも不協和音です。このようにして彼女は自分の夢を語っていきます。悪魔の和音で”痛み”、そして憎悪の和音で”憎しみ”、そして息子によって殺されるかもしれないという”恐れ”のモチーフ、これらがひとつの大きなサラダボールのようになって表現されています。


ノヴォラツスキー:ということは、リヒャルト・シュトラウスは、これらの不協和音でスコアの中に、すでに演出の意図を織り込んでいるということになりますね。ところで、ホフマンスタールとリヒャルト・シュトラウスはどうやって知り合ったのでしょうか。音楽史上でも、このように強い結びつきのあるコンビネーションはあまり例がないと思いますが。


レーマン:ホフマンスタールとリヒャルト・シュトラウスが一緒に仕事をしたのは、「エレクトラ」が最初でした。リヒャルト・シュトラウスがホフマンスタールの戯曲による演劇の舞台を観たそうです。以来、手紙の交換が行われたようです。そして、最後にこの作曲が終わるまで、やりとりが続きました。しかし、すぐに共同作業が始まったわけではなく、そこにたどり着くまでには回り道があったようです。リヒャルト・シュトラウスは「エレクトラ」を書き始める数年前に「サロメ」を発表して世界的な大ヒットとなっており、扱う素材が似通い過ぎていると案じたのでした。しかし、そのような心配はいらない、とホフマンスタールが説得したようです。実際、その時の説得がうまくいったおかげで、皆様は11月11日から始まる「エレクトラ」をご覧になることができるのです(笑)。もしホフマンスタールがその説得に失敗していたら、代わりに「セミラーミデ」というオペラになる予定だったようです。それにしても、このふたりの出会いはたいへんにセンセーショナルなものであり、詩人と音楽家の理想的な協力関係の始まりとなりました。このあとに続く、「ばらの騎士」「ナクソス島のアリアドネ」「影のない女」など数少ないものの、彼らの共同制作の素晴らしさを伝える証ということが言えるでしょう。そして、私たちが劇場人として感謝したいのは、ホフマンスタールがリヒャルト・シュトラウスに宛てた数多くの書簡で、作品について詳しく説明したものが残っていることです。リヒャルト・シュトラウスも天才的に劇場についてのセンスがあった人ですから、「エレクトラ」のような劇的な題材を扱った作品にも、できるだけリリックな部分や聴き易いところがあるようにとふたりで話し合って創りあげていったようです。


ノヴォラツスキー:ホフマンスタールの書簡にはどのようなものがあったか、ご紹介いただけますか。


レーマン:1913年にフーゴー・フォン・ホフマンスタールの「エレクトラ」が日本語で上演されたそうです。当時、”公衆劇団”という名前の劇団があったようで、そこに宛ててホフマンスタールは手紙を書いています。その中から、3つのセンテンスをご紹介したいと思います。『ここに私は公衆劇団に対して、「エレクトラ」を日本語で上演することを許可いたします。そしてこれをできるだけ多く再演してくださるようお願いします』『このテーマは永遠の人間のテーマとなっていますので、必ずや日本のお客様にも直接的、間接的にご理解いただけるものと思います。これは死者に対する絶対的忠実をテーマとして扱っています』『そして、最後にエレクトラが死へと狂喜乱舞する場面は、日本の方のほうが、私たちヨーロッパの演劇人よりもすばらしい表現をしてくださることでしょう』 そして、この1913年には実際に「エレクトラ」が日本語で上演されました。その時は、全ての役を男性が演じたそうです。(参考:公衆劇団 旗揚げ公演「エレクトラ」訳:松居松葉、1913年10月帝国劇場にて上演)


ノヴォラツスキー:オペラ「エレクトラ」の話に戻りますが、皆様がどのようにしてこの「エレクトラ」を観てくださるのかということです。リヒャルト・シュトラウスの作曲のルーツはどこにあったのでしょうか。どんな作曲家から影響を受けていたのでしょうか。


シルマー:彼は最初に父親から音楽教育を受けました。モーツァルトとハイドンとベートーヴェンを特に熱心に勉強したそうです。作曲を始めた頃にはワーグナーにも影響を受けましたので、リヒャルト・シュトラウスの音楽は、古典的なものからワーグナー的な響きまで曲想の幅が広いことも納得できます。先ほど少し演奏させていただいた中にも、小さなメロディラインや音型にモーツァルトを思い起こさせるところもありますし、また、オーケストラの大音響になるところではワーグナーの影響が見うけられます。ちなみに「エレクトラ」はリヒャルト・シュトラウスの中でも最大編成のオーケストラで、115名もの奏者が必要です。


ノヴォラツスキー:このオペラは、幕開きの和音を聴いただけでも驚愕してしまうほど、これまで誰も聴いたことがないようなフォルティッシモから始まります。


シルマー:これについては、音楽家同志で、幕開きはとにかく”一番強いフォルティッシモ”を、その後”それよりもっともっと強いフォルティッシモ”を要求される、とジョークになっているほどですが、それほどの大音響で始まります。


レーマン:皆さん、これで「エレクトラ」を観るのがすっかり恐ろしくなってしまったのではないでしょうか。でも、ぜひ観にいらしてください。観ていただいた後に後悔することは絶対にないはずです。

ノヴォラツスキー:音楽ファンなら一生のうちに必ず「エレクトラ」は体験すべきものです。
私はこの劇場の芸術監督であることに誇りを持って申し上げているばかりでなく、すばらしいアンサンブルで上演できることを光栄に思っております。この「エレクトラ」をご覧にならない方は、人生で大きな過ちを犯したことになると思います(笑)。


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