新国立劇場からのおしらせ

「夏のこども劇場セット」スペシャル座談会


夏のこども劇場セット第1弾『サーカス』が、
小劇場でついに開幕いたしました。
これに伴い、3作品の出演者が集まって過日行われた、スペシャル座談会の模様を皆さまにお届けいたします。
舞台上で感じるこどもの感性とは?"開かれた劇場"とは?
ダンス『サーカス』の森山開次、演劇『かがみのかなたはたなかのなかに』の長塚圭史、こどものためのバレエ劇場『シンデレラ』の小野絢子と米沢唯、4人の出演者がたっぷりと語ります。 

こどもの素直な感性と集中力に驚かされる

 
(左より)小野絢子、長塚圭史、森山開次、米沢 唯

─―6~7月に「夏のこども劇場セット」としてチケットを発売している、大人もこどもも楽しめるそれぞれの作品を上演しますが、皆さんはこれまでにもすでにこども向けの作品を上演されています。舞台に対するこどもの反応について、皆さんはどのように感じていますか?

 

小野 新国立劇場バレエ団では、6年前から『しらゆき姫』と『シンデレラ』というこども向けの作品を上演していて、今年は『シンデレラ』をやります。4歳からご入場いただけるということで、劇場に来ること自体が初めての子たちが多くて、客席が真っ暗になった瞬間に「きゃー」と叫んだりする反応が、最初はすごく新鮮でした。バレエが始まってもにぎやかなのかな......と思ったら、食いつくように舞台を観てくれるんですよ。すごい嬉しかったですね。客席で観ていた人から聞いた話だと、幕間にはホワイエで踊り出す子がたくさんいたそうです。

 

米沢 そう、こどもは静かに観てくれるんですよね。こどもの集中力ってすごいので、本当に心して踊らないといけません。もちろん普段の舞台も毎回そうですが、余計なことを考えず物語に集中してくれるこどもにはなおさらです。踊りながら、大人との反応の違いを毎回感じますね。大人が笑わないところでこどもが笑ったりとか。毎回新しい発見があります。

 

長塚 僕は2年半前に『音のいない世界で』をやりましたが、実はこどもがあまり来なかったんですよ。来られなかったというか。というのは、販売システム上、こどもにはチケットが取りづらくて。今回はそれをなんとか打破しようと、劇場にいろいろ工夫してもらいました。少しでも多くのこどもに見てもらえたらいいな、と思っています。『音のいない世界で』は、オムニバス的な、絵本をめくるような話でしたが、こどもはそれを素直に見て、見たままに感じてくれました。意外と苦労しているのは大人の方で「ここには何の意味があるんだろう」と難しく観る。ある評論家は「これは鎮魂歌だ」とおっしゃって。そんなことを言ったらこどもではなく大人が観に来てしまいますよ(笑)。大人は、「そこは劇としてなかなか成立しづらいよね」とか論理で考えてしまう。でも、論理を越えた奇想を加えるのが僕たちは好きだったりするんですよ。そして、そういう部分をこどもは好んで「あのシーン、面白いね」と言ってくれる。僕たちが「ここは削除しようか......いや、でも取っておこう」と思った箇所や、僕たちが最初にパッと閃いた部分が、こどもの心に見事に響いたりするものなんですよ。知識や経験を駆使してなんとか「理解」して観ようとするのは、大人の論理。こどもに対してはシンプルにいけるので、原始的な感覚を携えてやれたらいいな、と思っています。

 

森山 『かがみのかなたはたなかのなかに』の前方には「こどもリザーブ席」みたいなものをつくったんですね。

 

小野 いいですねえ。

 

長塚 いろいろ劇場の方とも頭をひねりまして、こども達に客席前方に座ってもらったらどうだということで、こども優先の席を考えてくれて。さらに「夏のこども劇場セット」を作ってもらえました。『シンデレラ』を観たい人、『サーカス』を観たい人が、俺らの『かがみのかなたはたなかのなかに』も観てくれるんだと思うと、こんなにいいことないですよ。ありがたいです。

 

森山 「こどもリザーブ席」でいうと、僕はこの前、文化庁の文化交流使としてバリ島に行ったんですが、僕を最初に手助けしてくれたのは、近所でガムランをやっているこどもたちでした。なので、僕が最後に公演をやるときには、まさに「こどもリザーブ席」を作ってこどもたちを呼んだんですよ。小さな椅子を並べて。上演したのは『赤鬼』というおどろおどろしい踊りですが、こどもたちが観ている感じがすごくよかったんですよね。

 バリ島の人はみんな踊りや音楽が好きなんですよ。儀式の中に踊りがあるから、村人みんなが踊れて歌えて、それを楽しんでいる。その様子を見てすごく羨ましかったですね。昔から伝わるチャロナランという儀式のような劇を観ることができたんですけど、村じゅうの人が寺院に集まり、祈りを捧げた後に、ひとつの演劇を見るんです。おじいちゃんから赤ちゃんまで全員村人が至近距離で円形に囲んで。外国人は僕1人でしたけれど、受け入れてくれてました。劇は5時間くらいかかるんですが、儀式の一環ですから途中で帰ってはいけない。もしそうしたら、悪いことが起こるのだそうです。途中、憑依したり、いろんなすごいことが起こるんですが、それを村人は終始食い入るように見つめていて、その感じがすごいな、と。「見る」「演る」という関係の原点を見たような気がしました。日本では、劇場で演劇やダンスを創り、劇場で観ていただいていますが、バリ島での「見る」「演る」の関係の感覚を忘れたくない、この関係にチャレンジしたいという思いもあります。


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長塚 今回の『サーカス』の舞台は円形にするんですよね?

 

森山 円形ではないですが、センターステージ形式です。

 

長塚 すごくいいと思う。

 

米沢 あ、まさにサーカスみたいに、なんですね。







――森山さんは、こどものための作品を作るとき、客席にいるのは「こども」だということを特別に意識しますか?

 

森山 意識しないといえばしないけれど、するといえばするという感じで、やはり両方ありますね。僕もこども向けの作品を青山円形劇場でやったことがあります。こどものために絵本的な作品を作ったんですけれど、結局来場したのはほとんど大人だったという(苦笑)。そうすると、公演の途中から客席の雰囲気が分かっちゃうじゃないですか。その雰囲気にだんだんと作品を合わせてしまい、方向性がぶれてしまって、ちょっと難しい内容にしていってしまったという苦い経験があります。当時はNHKの「からだであそぼ」を始めたときだったから、こども向けの作品を、という思いがあったんですけれど。でも、それ以降、いろいろな形でこども向けの公演をやるようになりました。今回もやはり、こどもが客席にいないことには公演は成功しない、という部分がありますね。こどもが劇場に足を運んでくれること、そこは僕もすごく期待しているところではあります。こどもを意識しないで作りたいけれど、稽古をやっていると「これはこどもはどう思うかな?」と考えることがありますので、やはり意識しているというか。そこの葛藤はあります。

 

「開かれた劇場」とは

 

――森山さんのバリでのお話は、地芝居にも続くような「開かれた舞台」だと思いますけれど、そこでみなさんにぜひおうかがいしたいことがあります。新国立劇場の使命のひとつは、こどもたちに良質の舞台芸術に親しんでもらう場として「開かれた劇場」であることだと思いますが、「開かれた劇場」はどうあるべきでしょうか。

 

長塚 まずは、駅から劇場へ向かう「入り口」から「開かれている」べきですよね。劇場の周りには人が集まる、そういう場になることが劇場として健全な姿です。芝居を観にいくのではなくても、劇場の近くに集まっておしゃべりしたりするような場所になっていくと、その場所自体が好まれ、劇場でお芝居をやっていることと繋がっていくと思います。例えば、緑がある、池があるとか、何でもいいんだけれど、そこで週末になると面白い大道芸をやったりして盛り上がる、というように「場所」として人々を惹きつけていく。そして劇場の扉はいつも開いていて、ある程度の奥までは入れる。中から面白そうな音楽が聞こえたり、これから芝居を観ようとワクワクしている人たちがいたり。それを見たこどもは「劇場の中に入れるの?」と興味を持ち、自然と劇場に入るようなり、「劇場っていいなぁ」と感じるんじゃないかな。それが劇場のあり方だと思います。

 

森山 「地域」としての劇場ですよね。

 

長塚 そうですね。そして、こどもをシャットアウトはしてはいけない。難しいお芝居をこどもが観に行く必要はないけれど、こどもが観に行っちゃいけないことはない。そのことを大人が分かって、伝えていくだけでも違ってくるような気がします。だからこそ、劇場が人々を惹きつける場所になるといいな、と思うんですよね。デートスポットになるとか。「劇場の雰囲気がいいから、周りを歩きたいよね」とかなるといいだろうなぁと。

 

森山 そういう「地域」ならば、昔は祭りをしたでしょうね。盆踊りのようにみんなが集まって踊るとか。バリで言ったら寺院がそういう場であるように、劇場が「人が集う場所」の象徴になるといいですね。地域のいろいろな祭りがだんだん消えていっている今、劇場が担う役割はそこだと思います。人が集まるところはやっぱり楽しいし、エネルギーがあっていい場だと思うから。僕も、劇場に携わった以上は「人が集う場所」を僕自身が好きでいたいと思っています。どうしても少し敷居が高い印象がついちゃっているので。


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米沢 私はアメリカで踊っていたことがあるんですけれど、その劇場では客席にこどもだけを集めて上演する日が必ずありました。一番多く上演した作品は『くるみ割り人形 』でしたけれど、幕が開いた瞬間から、客席の雰囲気が普段と全然違うんです。舞台を観ながら、ずっとぎゃーぎゃー騒いで盛り上がっている(笑)。ドロッセルマイヤーが出てくると「きゃー」、ねずみの王様が出てくると「わー」って。日本だと舞台を観に行くことは「かしこまらなきゃいけない」という感じがありますけれど、アメリカの人たちは「自分たちが楽しみにいく」という感覚。お祭り気分で、自分たちが盛り上がるために劇場に行くんですね。「見る」よりもう少し積極的で、「体験する」という感じで舞台を観に来ているのを感じて、私はびっくりしました。ですから、日本も、静かに見なきゃいけない、ではなく、もう少し自由に舞台を観れたらいいな、とは思っているんです。日本人はおとなしく真面目な民族だから、アメリカ人のように観ることは難しいかもしれないけれど。

 

長塚 そうだよね。「かしこまらないで観る」。確かに。ただ、ロンドンのウエストエンドで『ウーマン・イン・ブラック』を観たとき、イギリスの学生が修学旅行でいっぱい来ていたんですが、とにかくうるさい(苦笑)。彼らは大声で感想を主張するんですよ。まぁわざとやっているんでしょうが、しかしこういう状態は良くないなぁと思いましたね。日本ではこうはならないだろうけれど、かしこまらないで観るにも、良い悪いの境界線はあるかな。

沖縄で「キジムナーフェスタ」というこども向けのフェスティバルがあるのですけれど、これは「開かれた劇場」でいいですよ。「ここで芝居やるの?」みたいな、幕が簡単に張ってあるだけのところに連れ込まれ、芝居が始まると、その空間を受け入れてしまっている自分がいる。沖縄まで行っているからですかね、気分がふわっと開けるんですよね。「こんなに素で芝居を見せちゃうの?」「こんな、ゴザみたいなところに座って見るの?」とか戸惑いもあるんですが、ちょっとした工夫で、気持ちが開けるんです。

 

米沢 私も、座布団に座って芝居小屋で観る感じ、すごい好きなんです。

 

長塚 赤テントをご覧になっているんですか? エラいもの観ていますねぇ(笑)。

 

3作品それぞれのファンタジーを旅してほしい

―─3作品ともとてもおもしろそうで、お客様にはセット券をご利用いただき、ぜひ複数の作品をご覧いただきたく思っています。お互いの作品で楽しみに思うところはありますか。

 

長塚 僕は演劇の人間だから、バレエの人、ダンスの人と一緒に合同制作発表の場に出たことも本当に面白くて。ジャンルを超えて、ひとつの世界をつくることはすごく面白いです。演劇と一緒にバレエ、ダンス、どちらを観ても楽しいと思うし、3本すべて観てもらえたら嬉しいですよね。僕もぜひ観にいきたいです。さっき森山さんとちらっと話したんですが、『かがみのかなたはたなかのなかに』と『サーカス』とは鏡の話でつながる部分があるので、なにかリンクするようなことできないかな、と。そんなことを思ったりするのは「夏のこども劇場セット」の公演にしていただいたからですね。

 

米沢 鏡でリンクですか。面白いですね。バレエも『しらゆき姫』だったら鏡でつながったのに(笑)。

 

長塚 実際にリンクさせるかどうかは別として、でもワクワクしますね、この3本を通して観るこどもがいるんだと思うと。

 

森山 3作品それぞれのファンタジーを体験できることは、素晴らしいですよね。『シンデレラ』は魔法がカギとなる物語ですけど、僕も、作品の中でなんらかの魔法をかけたいと思っているんですよ。魔法を旅する、みたいな「トラベラーセット」とはよく言ったもので。夢の世界を旅してもらえたらいいなと思います。

 

小野 ダンスと演劇、どちらも今日のお話を聞くだけで、「スペシャルな時間が過ごせる」という期待感がものすごく上がりました。私も『サーカス』や『かがみのかなたはたなかのなかに』をぜひ観にいきたいし、一人でも多くのこどもに観に来てほしいですね。

 

―─ありがとうございました。