『テンペスト』はシェイクスピアの最後の作品であり、プロスペローの最後の台詞は、劇世界を締めくくる自らの姿を重ねているといわれている。
私がこの『テンペスト』を通して頭から離れないのは、この作品の舞台となっている孤島の意味である。プロスペローはこの島に、魔術を使って自分を国から追い出した者たちを集める。そして人生の和解と新生を試みる。
私は、この海に浮かぶ島を考える時、旧ソ連邦の映画監督タルコフスキーの『惑星ソラリス』を思い出す。海に覆われた惑星ソラリスは、海そのものが知性を持ち人の思考を浸食する。私は夢想する。この孤島を取り囲む海とは、プロスペローの思考そのものであり、この島とは彼の記憶の集積地であると。
われわれを取り囲む世界とは、とどのつまり自分の脳味噌の中での再構築でしかない。人生の消滅を前にしたプロスペローが、自分の記憶の中に過去の人々を呼び込み、娘に託して世界の再生を願ったとしたら。
今、私が想像するのは、劇場の舞台に小さな海を創り、その上に自分の記憶が詰まった島を浮かべ、それを静かに見下ろすひとりの男の姿である。
白井 晃