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演劇「バグダッド動物園のベンガルタイガー」主演 杉本哲太インタビュー

杉本哲太(ニュース用).jpg圧倒的な存在感と力強い演技で、幅広く活躍する俳優・杉本哲太。

「舞台をやるなら慎重に」と言う彼に、7年ぶりの舞台出演を決意させたのが『バクダッド動物園のベンガルタイガー』だ。新国立劇場初登場に加え、舞台主演も初という今回。演じるタイガー役は動物と人間、生と死の狭間から戦争の悲喜劇を見据える難役だが、だからこそ静かに、熱く、来るべき稽古へと想いを馳せているよう。その胸の内を語っていただいた。

インタビュアー◎尾上そら(演劇ライター)




作品世界はシニカル。ヘヴィーな描写も多いけど
面白さも忘れず、つくっていきたい


─本当に久しぶりの舞台ですね。
 ええ、一昨年に太宰治を朗読する舞台には出演しましたが、演劇は2008年の『箱の中の女』(岩松了 作・演出)以来ですから丸七年ぶり。僕は舞台経験自体少ないですし、だからこそやる時には慎重に考えて臨まなければという意識が働くのでしょうね。今回は戯曲をいただいて読み、大変なことになりそうだと思いつつも、たまにはそういう挑戦をしておくほうがいいだろうと思えました。今年、五十歳になりましたし、敢えて高いハードルを選んだところはあります。


─実際の事件をもとにしながら、動物や死者たちが会話する飛躍の大きな劇世界ですが、戯曲を読まれていかがでしたか。
 最初はもう意味が分からないところばかりで、何度も読み直すことになりました。海外の文化を背景にしているので、ジョークひとつ取っても元ネタを調べないと腑に落ちない。登場人物たちの心理なども、簡単にはつかめないことが多くて、そこは稽古場で演出家・中津留さんと話し合いながらの作業になりそうです。ただ自分の役であるトラ、タイガーの目線で読むと、単純に「トラ、可哀想だな」と思いました。出てきて早々に殺さ
れてしまうし、生まれた場所からわざわざ中東に連れてこられ、動物園に閉じ込められた挙句ですから。ま、「トラ目線って何?」と訊かれると困るんですが(笑)。


─戯曲やシナリオは、ご自身の役の目線で読むことから始められるのですか。
 いつもは自分の役、その主観で読むとバランスが悪くなるので、なるべく客観的に読むようにしているのですが、今回は何せ演じるのがトラなので、自分の感覚としても少し勝手が違ったように思います。
 この戯曲を読むと「絶滅危惧種の野生動物を自分たちの都合で捕え、見世物にする」という行為は、人間のエゴによるものなんじゃないかと思えてくる。さらにエゴや欲望を肥大させ、それがぶつかり合うと戦争をも引き起こす。結果、民間の人々が大量に傷つき殺される。そんな人間の愚かさを、トラが、しかも死んだトラが亡霊となって
さまよいながら告発、代弁するという作品世界は、シニカルでヘヴィーな描写も多いけれど、おかしみすら感じられる部分もある。そういう面白さも忘れずに、つくっていけたらいいな、と今は思っています。
 あと、気になっているのがタイガーのビジュアルで、ロビン・ウィリアムズさんがタイガー役を演じていますよね?


─はい、2011年のブロードウェイ初演の舞台ですね。
 そう、その動画がYou Tubeに上がっていて、ちょっとだけ見てしまったんです。
「影響されそうだから絶対に見ない」と思っていたのに。でも髪型や衣裳など、いろいろとイメージが膨らむヒントにもなりました。動物、しかも亡霊ですから考えてみるとなんでもあり。極端な話、「トラ柄のパンツ一丁? いや全裸でもイケる!?」などとまで考えてしまって。戯曲を読んだだけでは分からないことが多いので、つい外見を考えてしまうのかもしれません。ちなみにロビンさんと僕は誕生日が同じで、左利きというのも一緒です。ただ、それだけなんですけど......(笑)。


─いえ、素敵な偶然だと思います。舞台に臨むとき、特別な準備などはされるのでしょうか。
 やはり肉体的なトレーニングやケアは、気を遣います。発声の基礎などを若い時に勉強していないので、負担の大きい舞台では気をつけておかないと。長い期間、集中力を保ちながら、同時に身体的には瞬発力も要求されるのが舞台。積み重ねながらも更新していくような、異なる身体の使い方が必要なんですよね。


戦争の根本にある
人間の愚かさを暴く作品
観た人が考え、感じる機会になれば


─舞台ならではの醍醐味や充実感は感じられますか。
 お客様からのリアクションを、その場で感じられるのは大きいと思います。映像の現場ではスタッフのウケなどから「今ので良いのかな」と計れるくらいで、劇場の空気が観客の集中で一変したり、爆発的な笑いや歓声が返ってくるようなことは、舞台でしか味わえませんから。「観客とひとつになったとき」の感覚は、たまらないものがあると思います。タイガーには三?四ページ、一人で喋り続けるような場面もありますし、その結果舞台上にどういう空気が作り出せるのかは、自分にとって未知なだけに大きな楽しみでもあります。


─そんな醍醐味を、中津留さんはじめ、若い共演者の方々とともに作り、体験できるのが今回のカンパニーではないでしょうか。
 そうですね。風間俊介さんとは映像でご一緒する機会がありましたが、そのときは芝居でしっかり絡む場面がなかったし、他も初共演の方ばかり。そうか......中津留さんを含めても、きっと僕が最年長ですね。普段は、メンツにもよりますが僕、カンパニーのなかでいじられ役が多いんです、どうもいじりがいがあるらしくて(笑)。今回はどうなるのか......楽しみにしています!


─最後に、これまでも戦争にまつわる作品や役を演じる機会があったと思いますが、ご自身で戦争を題材とする作品を演じる意義・意味について、どのようにお考えでしょうか。
 今年は戦後七十年ですが、僕は昭和四十年、戦後二十年目に生まれました。これまで戦争と聞くと、どうしても遥か昔の遠いことと思いがちだったんですが、今年息子が二十歳になって、その成長過程の二十年を振り返ってみると、少しも長い年月に感じられなかった。つまり僕が生まれた年も、戦争が終わってからまだ二十年という、そう遠い時代ではなかったんです。そう気づいた途端、戦争は僕にとって急に身近なもの、自分と地続きのものになりました。
 戦争は海を越えた外国での出来事でもなければ、「日本にいれば平和だ」と言い切れることでもない。今を生きる僕たちの隣り合わせにあること。だからこそ、この『バグダッド動物園のベンガルタイガー』のように単に反戦を訴えるのではなく、戦争の根本にある人間の愚かさを暴くような作品を演じ、それを観た方が少しでもそのことについて考え、感じる機会にしていただけたら、そこに少しだけ意味が生まれる気がしています。



●プロフィール
杉本哲太 すぎもと てった
1983年、映画『白蛇抄』で映画デビューし、第7 回日本アカデミー賞新人賞ほか数々の賞を受賞。その後、映画、テレビ、CM、ナレーションに至るまで幅広く活躍。映画『ひかりごけ』『ビリケン』『おくりびと』『ゼロの焦点』『アウトレイジ』『2つ目の窓』『HERO』など、テレビ『あまちゃん』『隠蔽捜査』『問題のあるレストラン』『エイジハラスメント』などに出演。舞台は『シブヤから遠く離れて』『白夜の女騎士』『箱の中の女』に出演。新国立劇場初登場。

<新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ 10月号掲載>



『バグダッド動物園のベンガルタイガー』公演詳細はこちらから

公演期間 

2015年12月8日(火)~27日(日)

チケット料金(税込) A席 5,400円 B席 3,240円