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「十九歳のジェイコブ」稽古場からスペシャル・レポートその2

大きな反響をいただきました第1弾に続いて、演劇ライター尾上そらさんからの稽古場レポート第2弾です!

いよいよあさって、6月11日(水)開幕です!



『十九歳のジェイコブ』 Report.2============



次に現場を訪れたのは、初の通し稽古が行なわれる日。

 

プランナーたちも集まり、なかには音楽監修・菊地成孔の姿も見える。セットの間を台詞をつぶやきながら、獣のように歩き回る俳優。軽い興奮と緊張。だが演出家の松本雄吉だけは、そばにいるスタッフを見返り「今から2時間タバコが吸えんのはキツイなぁ」などと軽口を叩き、飄々とした風情を崩さない。

 

 

そして、それは何かが滴る音から始まった。

 

 

シーンは、死に掛けた人の頭を過ぎるという記憶の走馬灯のように移り変わっていく。

 

jacob dr血の滴り、生贄を積み上げたオブジェ。象徴と意味の狭間をジェイコブは迷走する。爆音のジャズ喫茶、ユキのアパート、港の荷揚げ所と安食堂。幻のように通り過ぎ、語りかける姉や妹、関西弁の少女。ここではない何処かを求め続けるジェイコブを、まだ見ぬ先へと、或いは断ち切りたい過去へと結ぶのは濡れたように赤い公衆電話だ。

 

目まぐるしく変わる場面に芯を通すのは、ベテラン俳優の存在感ある演技。

 

ジャズ喫茶の店員・君原役は有薗芳記。いかがわしく、得体も知れず、軽妙で、威厳すら漂わせながら、「教会」のようなジャズ喫茶を切り回す。酔っ払いやラリった客の喧嘩をあしらうのもお手の物。その登場は、劇空間を70年代へと飛躍させるほど強烈だった。

 

もう一人のキーマンはジェイコブの叔父、彼を「呪われた高貴な血」で縛る張本人・高木直一郎役の石田圭祐。成功者独特の押し出しの強さ、揺るがしがたい質量と共に舞台に登場する直一郎は、けれどドラマの進行に連れて覚せい剤に溺れ、壊れていく。焦点の合わぬ眼で家財道具や家そのものに鮮烈な太陽の色を塗りたくる、その狂気の深さには圧倒されるばかり。

 

宗教にはまる直一郎の妻役の西牟田恵は、対照的にヒタヒタと静かに狂っていく。周囲の温度を下げるような演技には息を飲んだ。

 

先輩たちの挑発が、若者たちの演技をビビッドに変えていく。

 

直一郎に対峙するやジェイコブ=石田卓也の憎悪はその勢いを倍加させ、周囲に燃え移らんばかりになる。言葉など、音にならないからこそ、その激しさ凄まじさが恐ろしいものだと伝わってくる。

 

家族を発端に世界を呪うユキ=松下洸平。その自滅的な衝動は、後半、自らのルーツに近づくに連れて加速していく。相似的な姉との関係は彼にとって甘い記憶か、苦い後悔か。個人的には本番までに、さらにその狂気に拍車がかかることを期待している。

 

全編を通すことで見えて来たのが、キャス=横田美紀と、ケイコとロペの二役を演じる奥村佳恵が反比例のようにその役割を変えていく構図。ただただジェイコブを想って追い駆けるキャス横田が、後半不意に目覚めたかのように、自らの意志を示すかと思えば、奥村は能動のケイコから受動のロペへと鮮やかに変容する。

 

それらはゴールではなく、全て途上の出来事だ。だが、周囲の人々が変化しているそのことが、時制も方向も混沌としたジェイコブの遍歴に、僅かながら先行きがあることを示しているかのように見える。

 

終幕、鈍く重いバールを振りかざし、ジェイコブは自身を縛るものと決別を果たしたかに見える。だが、続く場面は再びジャズ喫茶に戻り、生死に関係なく登場人物たちが集結する。轟くジャズ、喧騒と混乱。自らの頬に刃を当て、血に塗れる男(中野英樹)は、教会で磔にされるアイコンの分身だろうか。その様が強烈に瞼に焼きついた。

 

 

音がやみ、通しの終了が告げられる。息をつく俳優たち、セットや小道具を整えるため走り回るスタッフ。けれど、劇世界に合わせたチューニングは容易には現実に戻せない。生臭い何かの臭気が、稽古場に残っているように感じる。

 

稽古と呼ぶには息苦しいほど濃密な2時間。だが、まだこの場にはユキの胸の底へと繋がる漆黒の闇も、ジェイコブを駆り立てる血の深紅もない。それら色彩に彩られたとき、この舞台は恐らく、真夏の、正対できないほど白く輝く太陽のようなまぶしさを放つに違いない。

 

 

                                       Text by SORA Onoe 

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