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『プライムたちの夜』 市原えつこのスペシャルコラムVol.1

2062年はこうなる?!~人とアンドロイドの関係~

メディアアーティスト市原えつこによる
観劇の前に読んでおきたいコラムをお届けします

2017年の文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門で「シン・ゴジラ」に次いで入賞を果たし、いま注目されている「デジタルシャーマン・プロジェクト」。そこには奇しくも『プライムたちの夜』に通じるコンセプトが根底に流れていた。
『プライムたちの夜』の世界はもうすぐそこなのか?プロジェクトを率いる市原えつこ氏に語っていただいた。



アンドロイドと今 『プライムたちの夜』の世界はやってくるのか

身近な人の死を経験したことはあるだろうか。
ない、という人の方が珍しいかもしれない。

私にとって、初めての近親者との離別は祖母の死だった。
お婆ちゃん子だった私は、自分が成長すると同時に祖母から発せられる「死の匂い」が徐々に濃くなっていくのを感じていた。大好きだった祖母が、老いとともに元来の人柄や姿を変えていくのが会うたびに分かる。しかしそれが分かったとて、何もできない。
やがて祖母が亡くなり、通夜葬儀を迎え、弔いのプロセスにより心が整理されるのを感じながらも、彼女に対して何もできなかった後悔や、「次は自分の両親の番だ」という逃れられない事実の重みがのしかかってきた。

いつか必ず訪れる大事な人との別れに、私たちはどう向き合えばいいのだろう?
自分なりにその答えを探すため、当時仕事で扱っていた家庭用ロボットを改造し、故人の似姿を再現するプロジェクトを始めた。
その名も「デジタルシャーマン・プロジェクト」。
試行錯誤のすえ、故人の代替として愛着を持てるような、死後49日間だけ一緒にいてくれるロボットを開発した。生前に取得した顔・しぐさ・声など身体の特徴をもとにアプリをつくり、死後にロボットにインストール(憑依)させる。
そして、仏教で死者の魂が地上をさまようとされる死後49日間だけ稼働させ、遺族の心を癒やす手助けをする・・・・・・というものだ。

人類の歴史は弔いの歴史でもある。
大事な人を失う喪失の感情は全人類共通で、これまで様々な文化圏で多種多様な喪のプロセスが行われてきた。科学技術が発達した現在だからこそ可能な、新しい弔いの形があるはずだと私は考えた。

現代では人工知能、チャットボット、ロボティクスといった、人間を再現することが可能なテクノロジーが急速に身近になってきている。国内外の主要企業が独自のチャットボットを開発し、Googleをはじめとした巨大企業が人工知能の技術を猛スピードで更新し、ソフトバンクのPepperなどのヒト型ロボットもどんどん一般家庭に普及しつつある。
身近な誰かが亡くなったとして、その人を模したロボットなり人工知能プログラムなりを作ることは、物語の舞台である2050年を待たずとも、今の技術でもある程度は可能だ。そして今後、どんどん加速していく流れになるだろう。

そういった科学技術の進化の果てに、誰かを失った喪失感すらもテクノロジーによって埋め合わせできるのだろうか?
人類がこれから向かうことになるであろうそんな問いがこの戯曲『プライムたちの夜』では描かれている。
本作の脚本を読んで、突飛な思いつきで開発を始めた「デジタルシャーマン・プロジェクト」が普及したあとの未来像を見ている気分がした。
日進月歩で科学技術が発達する現代。その中を生きる人間がずっと持ち続ける感情や非合理性。その間で生まれる軋みや葛藤こそが、かろうじて人間を人間たらしめるのかもしれない。

メディアアーティスト/妄想監督 市原えつこ(いちはら・えつこ)

メディアアーティスト、妄想監督。1988年、愛知県生まれ。早稲田大学文化構想学部表象メディア論系卒業。日本的な文化・習慣・信仰を独自の観点で読み解き、テクノロジーを用いて新しい切り口を示す作品を制作する。アートの文脈を知らない人も広く楽しめる作品性から、国内の新聞・テレビ・Web媒体、海外雑誌等、多様なメディアに取り上げられている。主な作品に、大根が艶かしく喘ぐデバイス《セクハラ・インターフェース》、虚構の美女と触れ合えるシステム《妄想と現実を代替するシステムSRxSI》、家庭用ロボットに死者の痕跡を宿らせ49日間共生できる《デジタルシャーマン・プロジェクト》等がある。 2016年にYahoo! JAPANを退社し独立、現在フリーランス。



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