【イベントレポート】『怒りをこめてふり返れ』発売直前スペシャルトークイベント

去る、4月2日(日)、新国立劇場内にて、7月に上演する『怒りをこめてふり返れ』の関連イベントが開催されました。
学生時代に主人公ジミーを演じた経験を持ち、今回の翻訳を務める水谷八也氏、演出としては新国立劇場初登場となる千葉哲也氏、主演のジミーを演じる中村倫也氏を迎えた本イベント。
熱気あふれるイベント内容をリポートいたします。



―― みなさんこんにちは。本日はお集まりいただきましてありがとうございます。

さて、『怒りをこめてふり返れ』は、宮田慶子芸術監督の『JAPAN MEETS...-現代劇の系譜をひもとく-』というシリーズの12作目にあたります。水谷先生は、同シリーズの『わが町』『るつぼ』の翻訳も手掛けていらっしゃいます。今回は、作品と作家のバックグラウンドを伺うところから始めたいのですが。



翻訳:水谷八也

水谷:『怒りをこめてふり返れ』が発表された50年代のイギリスの演劇界は「ウェルメイドプレイ」と呼ばれる演劇が主流で、ノエル・カワード、テレンス・ラティガンといった劇作家の芝居が興行的にも成功していましたが、そのスタイルは20年代のままで、描かれる世界はもっぱら中産階級の上層部、上流階級のもので、そこに新しさはありませんでした。

ところが1955年、ロンドンのロイヤルコート劇場に拠点を置いたイングリッシュ・ステージ・カンパニーが「劇作家のための劇場」を掲げて出発し、早速広告で新しい戯曲を募集したら、750本も集まった。その中に『怒りをこめてふり返れ』があって、翌年の5月に初演されるんですね。

全然ウェルメイドじゃない荒削りのこの作品は、斜陽を続けるイギリス、第二次世界大戦後の価値観や文化の大変化の中で、自分の立ち位置を必死で探ろうとする若者ジミー・ポーターが生の感情をさらけ出し、リアルな言葉をまき散らす。これがこれまで劇場に関心のなかった10代後半から20代前半の若者に圧倒的に支持されるんですね。

56年当時の「現代」を凝縮しているから、濃いです。だから単に昔の話に終わらず、現代の若者にも通じる感情がみなぎってる。千葉さんがこれをどう2017年につなげるか、期待してます!

―― 演出の千葉哲也さんは、どう戯曲を読んでいらっしゃいますか?

水谷:千葉さんて、こういう風体でこういう感じだけど、すごい真面目に読んでらっしゃるんですよ(笑)。

演出:千葉哲也

千葉:そう、めちゃめちゃ真面目ですよ(笑)。最初に読んだときは荒っぽいなというイメージがありました。背景を知っていくと意味がよくわかってくるんですけど、時代考証を中心にしてしまうと、「こういう本があるんだよ」って紹介だけになっちゃう。シェイクスピアもギリシャ悲劇もそうだと思うんだけど、人間がそこにいるっていうのが面白いのであって、どうしていくかを探っているところですね。

中村:僕は・・・最初はとにかく何をそんなにしゃべっているんだって思いました。黙れ!って(笑)。主役のジミーを演じるんですが、15ページ読んでは、飲み物を取りに行って、読んで、風呂入って、読んで、寝ちゃったりしていました。台本の字面だけを見ると、現代日本に生きている僕としては勿論身近じゃないし、当時の階級制度も分からないし、大英帝国崩壊の社会に蔓延している雰囲気というのも分からないから、読むのには時間がかかりますよね。でも、そういうことじゃなくて、「あれ、これって不器用な男が、自分が何者かを知るために汗をかいている物語なのかな」と思うと、シンプルに読めるようになってきたんですよ。

人間ドラマとしてしっかり作ることができると、2017年の今を生きている僕らが楽しめる作品に、意義あるプロジェクトになるのではないかと思います。

千葉:この作品が時代とぴったり合っちゃったっていうのはあると思うんですよね。50年代のイギリスに生きている人の感覚と今が合ってしまったんですよね。

最近ぼんやり思うんですけど。生きててね、ビジョンを持つじゃないですか、誰しも。ビジョンというのは大体いい方向のものですよね。「10年後の自分のビジョン」というのは、いい方向のビジョンを考える。でも一方で、10年後になってみると、昔のことを思い出して10年前は良かった・・・なんて思ったりしている。つまり10年後のビジョンの結果は10年後にしか見えないんですよね。

現代では、先のビジョンを見据えて生きていくことがすごく増えていると思うんだけど、今自分がいる所をちゃんと見つめて、今の自分を振り返ってみないと何もわからない。そう考えると『怒りをこめてふり返れ』はすごくわかりやすいんです。自分をちゃんと見つめ直すことで、"怒り"というものが出てくるんです。

水谷:(拍手!!)千葉さんがおっしゃったことは、本当にそう。今の日本て、子どものころから先の目標に達する準備ばかりで、大学だ、就職だって、「現在」が置き去りですよね。「未来」を起点に「今」を考えていて、今ここにいる自分のことは考えない。自分が生きているのは、その「今」しかないのに。

主人公のジミーは、容赦なく流れていく時間の中で、必死にその現在に立ち続けようとしている気がしますね。

千葉:"正義感"! 最近時間があるのでHuluばっかり見ているんですが(笑)。欧米のドラマには、"ジャスティス"ってことばが良く出てくるんですよ。彼らってすごく正義感がある。例えば倫也には倫也にとっての正義っていうのがあって、多分それが発火点になって怒るんだよね。そういう、価値観・正義感が強くあるからこそ怒りが生まれるんだと思う。

中村倫也

―― 中村さんはまだあお若いので、「ふり返れ」というより、「前へ」と向かう欲望の方が強いのではないでしょうか?

中村:もちろん両方あるんですけど、割と自然に「今しかないな」って思います。過去も未来も結局どうすることもできないので、この一瞬一瞬の積み重ねが未来になっていくんだなと。

役者をやってる一番のモチベーションって、自分のことが分からないということだと思うんです。他人のことは分かった気になれる。だから他人の役を演じてみて、自分探し、みたいなことをするんですね。

水谷:『わが町』のときに、倫也君の芝居を観ていて、「あ、この人信用できる!」って思った瞬間があって。本番中なんだけど、小堺(一機)さん演じる舞台監督がちょっとアドリブを入れても、ジョージ役の倫也君がとても自然にアドリブで返すんだよね。あ、この人は役を、今を、その場を生きてるって感じがした。

千葉さんのお芝居でもそういう瞬間を何度も観ていて、とても柔軟な人だなと思っていました。 

―― 千葉さんと中村さんは俳優として共演されたこともあります。振り返ってみて、お互いの印象はいかがでしたか?

千葉:2枚目は良いなぁ、と.

中村:色気あるおじさんはいいなぁ、と(笑)。

―― 水谷先生は今回、新たに翻訳を作られたわけですが、既存の翻訳がある作品に新たに取り組むことについてどうお考えですか?

水谷:これまでも『わが町』や『るつぼ』を新訳して思うんですが、お芝居ってどんな古典を上演しても、現在という時間の中でしか上演できない。それを単なる再現じゃなく、生きた芝居にするためには、言葉の選択もそうだし、読み直しが必要だと思います。英語に比べて日本語は移り変わりが早いから、新しい血を入れる必要がある。でないとせっかくの古典が味わえないですよ。いわゆる名訳ってあるけど、言葉には必ず賞味期限があるから、古典を現在につなぎとめるには、こうして新しい言葉で、新しい命を吹き込むことが必要で、それが作品に対しての愛情だと僕は思ってます。

千葉:英語って日本語になりきらないじゃないですか。昔の日本語と今の日本語はもちろん変化しているから、同じ単語でも当然意味が違ってくる。

水谷:そう、違う言語でまったく同じ意味の単語なんてないから、翻訳は何かを拾って何かを捨てる作業なんです。絶対に原作=翻訳ではない。にもかかわらず原作の味は忠実に出したい。この矛盾に翻訳者は悶絶するんだけど、翻訳の過程で原作者の言葉との格闘が手に取るように見え、言葉にできなかったことを拾える可能性もある。これが翻訳の醍醐味であり、魅力ですね。ぜひ皆さんもやってみて。

千葉:前にイギリスで観た芝居で、下層階級の黒人が話す言葉が、全て"R"が抜けているのがあったんですよ。それってどうやって翻訳するのがいいんだろうと思いました。あと、アメリカの田舎出身の人の台詞って、なぜかだいたい北関東か東北地方の方言に置き換えられてることが多いですが、あれは嫌ですよ(笑)。

もうひとつ例を挙げるとね、坂本竜馬の役はたいてい土佐弁で話すじゃないですか。でも伊達正宗が東北弁を話すのを聞いたことがないですよね。竜馬が標準語だったら変な感じがするのに。

―― 方言という言葉に対する勝手な先入観が、演出にも影響してしまう。恐ろしい例ですね。

これから立ち上げていく、今回の「怒りをこめてふり返れ」は、どのような舞台になるとお考えでしょう。

千葉:最近、"わかりやすい"とか"理解しやすい"ものが増えすぎている気がして。「せっかくお金を払って観に来て頂いているんだからせめてわかりやすくしよう」みたいなね。「観たことないものにしよう!」はないんですかね。

水谷:大学の授業もそう。学生が授業を評価するようになって、わかりやすさばかり求められるけど、そこじゃないだろって。それより未知のことや理解不能なことに出会って、思考を深め、自分の世界を広げていくのが大学の授業だと思いますけどね。

演劇も同じですよ。答じゃなく、自分の世界を広げる刺激やきっかけを拾えるのが劇場だと思います。

千葉:中学校の時、『2001年宇宙の旅』を観たんですよ。キューブリックってわかんないんですよ。わからないってことがすごく悔しいんです。 昔、野田さんとか唐さんの芝居見てもわからないことも多かったじゃないですか。けど、わからないものなんだけど、そこにエネルギーがあった。大事なのは、そのエネルギー。まず作品を創る上で、わからないものを僕らが理解する、それを外からお客様に観て判断して貰う。

演劇は、それだけでまず"事件"だから面白いものもつまらないものもあっていい。怖いのは"無関心"です。

だからといって別にわかりにくいものを作ろうとしてるんじゃないですよ!(笑)

―― なんだか千葉さんが最近感じている「怒り」を伺ったように思いました。

千葉:僕に怒りはありませんけどね(笑)。

―― 最後にお客様に一言ずつお願いいたします。

水谷:イギリスの現代演劇は1956年5月8日から変わったと言われるほど、『怒りをこめてふり返れ』は強烈でした。怒りを忘れたような現代、当時の若者が感じた熱を現代の若い観客にもぜひ感じ取ってもらいたいと思います、再現としてではなく、生きた現代演劇として。若者よ、ぜひ劇場へ。

 

演出:千葉哲也

千葉:まず、夏があんまり好きじゃないんで、7月まで健康に、人の足を引っ張らずに生きていけたらと思います(笑)。

美術館に行ってある絵を見た時に、動機がどうでテーマがどうでって興味はもちろんあると思うんですけど、ともかくまずその絵を見て、何かに出会えればいいと思うんです。ですから、まずこの芝居を観て頂いて、何に出会えるかを感じて欲しいですね。そして、演劇って、「人にはこういう素敵な部分があるよね」とか、「こういうダメな部分があるよね」とか、人間が信頼できる部分が舞台の上に、演じ手の中に現れるのが魅力だと思うので、ぜひ観にいらして頂ければ幸いです。

中村倫也

中村:本日はありがとうございました。自分が劇場に行く時には、どう楽しもうが俺の勝手だって思って観ています。それがお客様に与えられている自由な気がしていて。どう楽しもうと、どこを観ようと、作者の意図がとか、何を感じてとかっていうのも、観る人の自由だと思うんです。僕達はこれからしっかり稽古をして、提示できるようにしますので、皆さんにはその自由を満喫して頂ければと思います。

今日話を聞きにきて、観に来ないっていう人は多分いないと思うので(笑)楽しみにして頂けたらなと思います。

―― ありがとうございました。

『怒りをこめてふり返れ』は、7月12日から30日まで、新国立劇場小劇場で上演いたします。

アトレ会員先行発売は4月8日(土)から、一般発売は4月22日(土)からです。

皆さまのご来場をお待ちしております。

(進行:大堀久美子[編集者、ライター])



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▼チケット購入ページ

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▼「怒りをこめてふり返れ」公演ページ

http://www.nntt.jac.go.jp/play/performance/16_007983.html