オットーと呼ばれる日本人

太平洋戦争前夜― 
決死の覚悟で 日本を守ろうとした男がいた。

 戦後日本を代表する劇作家・木下順二が、20世紀最大のスパイ事件といわれる「ゾルゲ事件」に取材し、1962年に発表した『オットーと呼ばれる日本人』。1930年代から約10年間、激動の上海と東京を舞台に、国際スパイ団に関わったオットーこと尾崎秀実(ほつみ)の戦争回避と平和への願いが鮮烈に描かれます。
 1930年初頭、上海で朝日新聞の特派員として、はじめてジョンスンと呼ばれるドイツ人に出会ったオットー(尾崎)は、日本が無駄な血を流す戦争をどうにか避けたいと、日本国家の機密をジョンスンにわたす諜報活動を始めます。30年代半ば、東京へ戻ったオットーは久々にジョンスンと再会を果たします。「祖国を救うのではない、世界を救うのだ」と語るジョンスンに、日本を救えるのならその為に「罰せられることに僕はむしろ誇りを感じるだろう」と言い切るオットー。二人の男の生き方を対峙させつつ、しかしその間に通う友情をも描きながら、物語はラストに突入していきます。
 かつて「あの時代」を生きた、「オットーと呼ばれる日本人」。そして彼を取り巻くさまざまな眼差し。ナショナルとインターナショナル、生か死か、家庭か世界か、数々の二律背反を乗り越え、インターナショナルであると同時に日本人であるという、多義的視点を持つことによって生き、死んで行った、「オットーという外国の名前を持った、しかし正真正銘の日本人」のドラマがここにあります。

ものがたり

1930年代初頭、上海でジョンスンと呼ばれるドイツ人は、宋夫人と呼ばれるアメリカ女性と相談して、コミンテルンの諜報機関に有能な新聞記者でオットーと呼ばれる日本人を引き入れる。しかし、東京からの帰国命令に祖国を愛するオットーは従った。
数年経てジョンスンは東京に現れ、オットーと連絡をつけに来る。国家の命運に参画する野心をもっていたとはいえ、今は国家的忠誠と人間の解放との矛盾を一身の行為で果たそうとスパイ活動を引き受け、日本が無駄な血を流す戦争を回避させようとしたオットーは危険を冒した。逮捕された彼は、検事に対して、自分が正真正銘の日本人として行動してきた信念を披瀝する。