「ニーベルングの指環」4部作は、まさにオペラ史上最大のスケールを持つ作品です。序夜『ラインの黄金』、第1日『ワルキューレ』、第2日『ジークフリート』、第3日『神々の黄昏』という4つの楽劇で構成されており、4部作を合計した演奏時間は15時間に及ぶという超大作です。
ライン川の底深くに眠る伝説の黄金から作られた指環を巡る、壮大な物語は、権力、愛、自然破壊、終末、救済など、私たちの生きるこの現代にもそのまま通じる内容が描かれています。人類の過去から未来を見通すワーグナーの洞察力が、いかに鋭いものであったかを示しています。
「ニーベルングの指環」を上演することは、世界水準のオペラハウスとしての矜持を示すものです。新国立劇場として、きたる2017年に開場20周年を迎えるにあたり、この時期にぜひ実現すべきである、との内外のご期待に応え、2015/16シーズンから3年がかりで全4部作を上演することを決意いたしました。
『ラインの黄金』は、4部作の「序夜」(第1作)と呼ばれます。最後の『神々の黄昏』に至る壮大なドラマのすべての発端が、この『ラインの黄金』で提示されます。
冒頭の序奏で、たった一つの変ホ(E♭)音から次第に和音が形成されて、「自然の生成」が描写されます。『ラインの黄金』が始まった時点では、世界はまだ若いのです。
第1場では、愛を断念した者(ニーベルング族のアルベリヒ)が、ライン川に眠っていた黄金を強奪することにより、自然の破壊が始まります。そして、世界を支配する力を秘めた黄金の指環と財宝をめぐって、第2場はヴォータンをはじめとする神々の住む天上界、第3場はニーベルング族の住む地底の世界を舞台に、奪い合いが展開されます。そして第4場は再び天上界で、巨人族も加わった凄絶な争いの結果、神々が世界支配を手にしますが、そこに突如登場する智の女神エルダは、神々の滅亡と世界の終末を予言します。こうして、続く3つの作品におけるすべてのできごとの種が『ラインの黄金』で蒔かれるのです。
音楽面でも、『ラインの黄金』は「指環」4部作の中では最も若々しい作り方がされていて、単純明快です。リズム、メロディ、ハーモニー、調性などもかなり明確です。示導動機(ライトモティーフ)は、例えば「ラインの黄金」の動機、「指環」の動機、「ヴァルハル城」の動機、「ヴォータンの槍」の動機、「巨人」の動機、「虹」の動機などのように、登場人物あるいは事物そのものを示すために使われています。これらの動機は何度も繰り返されたり、耳に残りやすいように表現されています。動機であるということが明確で覚えやすく、しかもできるだけ単純なかたちで呈示されるので、いま物語でどんなできごとが起きているか、感覚的に理解しやすいのです。それだけに歌手もオーケストラも、登場人物の行動や、事物そのもの、物語の展開を、冷静かつ正確に、わかりやすく描写して表現することを大切にしたいと思います。
『ラインの黄金』における神々の行動は、なぜ私たち人類が自ら存在の危機を招いてしまうのか、という問題をありのままに提示しています。次々と繰り広げられる反道徳的な出来事は、人類の歴史における葛藤そのものなのです。世界が現在ますます混迷を深める中、「ニーベルングの指環」の壮大な物語を皆様と共に体験し、私たちを救済へと導く足がかりを求めたいと願っております。