『パルジファル』はワーグナーの生涯の集大成であり、最後の作品です。その内容は、ワーグナーのみならずこれまでのあらゆるオペラ作品の中でも、最も宗教的、瞑想的、そしてまた心理学的であるといえます。
この作品の一番の特徴は、偉大で聡明な英雄ではなく、「無垢な愚者」がMitleid(心から同じ苦しみを共有すること)によって救済をもたらす、という思想です。東洋の宗教観は非常に寛大で、あまり突き詰めた議論をしないのに対して、ヨーロッパでは厳格な一神教の宗教観が人々の心の根底に歴史的に息づいています。このような宗教観の違いはありますが、『パルジファル』では、驚くべき円熟に到達したワーグナーの手法により、言葉以外の要素、つまり音楽によって見事に宗教性が表現されているために、東洋と西洋の違いを超えて心の奥底に深く届くのです。
宗教性について非常に深く掘り下げる一方で、生身の人間の現実、弱さ、愛と憎しみといった生きざまと、そこに絡む官能性をここまで追及し、赤裸々に描いた作品は他に例がありません。絶対的な戒律を犯して救われずに苦しむアムフォルタスは、あまりに人間的であるがゆえに罪を犯したのであり、それは洋の東西を問わず誰もが持つ人間の一面です。クンドリーも同様で、人間の女性としての側面と、騎士団とともに世の中を救うという相反する両面を持っているのです。彼らは人間が普遍的に抱えている深い葛藤を表現しています。そして、聖杯を守る騎士団が形骸化し教理のみが独走して、人間を救うという本来の目的よりも組織の存在自体が優先されてしまうことも、人間社会が陥りやすい矛盾を見事に描いています。
この作品には、いまだに謎が解けていない有名な言葉が2つあります。
第1幕でのグルネマンツの言葉「ここでは時間が空間となる」に続く「場面転換の音楽」は、まさに時間と空間を超越しています。この場面で表現される宇宙は大変広大で深く、二度と例のない音楽です。
もう1つの有名な言葉は、全曲の幕切れに合唱によって歌われる「救済者に救済を!」です。この不可解な言葉に込められている、今も解き明かせない意味がこの音楽に秘められています。
『パルジファル』は、西洋の精神文化のひとつの頂点であり、かけがえのない人類の遺産なのです。ワーグナーの音楽が何をどう表現しているか、ぜひ皆様に体験していただきたいと思います。