『トスカ』タイトルロール キャサリン・ネーグルスタッド インタビュー


新国立劇場開場20周年のシーズンを締めくくる演目は『トスカ』。
1800年、恐怖政治下のローマで、画家カヴァラドッシと歌姫トスカに警視総監スカルピアの魔の手が迫る激動の物語を、プッチーニのドラマティックな音楽と壮麗な舞台美術で描く、新国立劇場の誇る人気プロダクションだ。

トスカを歌うのは、同役を最も得意とし、ヨーロッパの名門歌劇場で絶賛を博しているキャサリン・ネーグルスタッド。これまでのキャリアについて、そして『トスカ』について、語っていただいた。

ジ・アトレ2018年1月号より


プッチーニの自筆譜を見て
私のトスカ観を変えるほどの刺激を受けました

キャサリン・ネーグルスタッド

――ドイツの宮廷歌手の称号をもつネーグルスタッドさんですが、歌い始めたきっかけ、舞台に立つようになったきっかけはミュージカルだったそうですね。

ネーグルスタッド(N) よくご存じですね。幼い頃に観た『サウンド・オブ・ミュージック』にすっかり魅せられてしまい、ジュリー・アンドリュースのように人の心に響くような歌が歌いたい、お芝居がしたい、と思ってミュージカルを歌い始めたのですよ。12歳で舞台にも立ちました。でも、ニューヨークに行ってミュージカルの道へと進んだ先輩たちの多くが声を壊し、力尽きていくのを見て、歌手になるにはしっかりとした声楽の土台を持つ必要がある、そのために本物のトレーニングと勉強をしなければ、と強く感じたのです。そしてクラシック音楽の道へと進みました。声楽を学ぶほどにオペラの虜になっていったのです。

――オペラに魅せられるきっかけとなった作品はありますか?

N 正直言って、子供の頃にオペラに強くひかれたことはありませんでした。でも、オペラの勉強を始めてから観た、ゼッフィレッリ監督の『椿姫』は、ある意味で私がオペラに進む大きな転機をもたらした作品といってもいいでしょう。オペラという芸術形態が、こんなにも情熱的で、こんなにも人の心を動かすことができるのだと知ったのです。2日間繰り返し観続けたのを今でも覚えています。

――17歳からサンフランシスコで学んでいらっしゃいますが、その後、ヨーロッパへと勉学の場を広げたのですね。

N ええ。でもそれはとても悲しい出来事がきっかけでした。それまで私を指導してくださった大好きな先生がガンで亡くなられたのです。悲しみから立ち直るためには新たな出発が必要だと考えていたとき、私の歌を聴いたイタリア人の先生が指導してくださることになったのですが、間もなくして彼女がイタリアに帰国することになったのです。すると先生は、「あなたは絶対にイタリアで勉強すべきだ」とおっしゃってくださり、一緒にローマへ行きました。その後、ミラノ・スカラ座を見ずしてイタリアに来たとは言えないと思い、ミラノを訪ねたところ、小さな契約をいくつかいただき、そこで指導も受けました。

――ネーグルスタッドさんが先生と一緒に行ったローマといえば、まさに『トスカ』の舞台ですね。プッチーニは、第1幕フィナーレの教会での合唱「テ・デウム」や、第3幕の夜明けのシーンでの鐘の音など、ローマを実際によく調べた上で作曲したそうですが、現代のローマでもこうした音風景を体験することはできるのでしょうか。 

N 実は、私が『トスカ』の舞台となった城を初めて訪れたとき、外装工事の真っ最中だったんですよ(苦笑)。ですから、城というよりも、冷たい石の牢の中へと進んでいくような感覚でした。その後、プッチーニの自筆譜を見る機会に恵まれたのですが、そのときは本当に感動しました。まるで絵のような楽譜を読んでいくと、身が震えるほどの感動を覚え、それまで私が抱いていたトスカ観をも変えるような刺激を受けました。プッチーニは、確かにローマを調べた上で、その地を舞台に『トスカ』を書いていますが、地理的な場所を超える最高の音楽を書いたことは明らかです。

――ウィーン、ベルリン、パリなどヨーロッパの歌劇場を中心に活動され、ドイツのオペラ雑誌で2006年最優秀女声歌手に選ばれたネーグルスタッドさんですが、このような素晴らしいキャリアはどのようにスタートしたのでしょう。

N 多くの方と同じように、私のキャリアは研修生、合唱、主役クラスのカバーから始まりました。そしてヨーロッパの歌劇場のオーディションをいくつか受けたところ、ハンブルク州立歌劇場の『後宮からの逃走』のコンスタンツェを歌うこととなりました。その時のオスミン役がなんとクルト・モルでした。あの舞台がひとつの大きなきっかけとなりましたね。



トスカの運命を歩み、たどり着いた
その時の心情で歌う「歌に生き、恋に生き」

「トスカ」立ち稽古より

――7月、『トスカ』で新国立劇場にご出演されます。トスカは、ネーグルスタッドさんのレパートリーの中でも代表的な役ですね。

N トスカと私との関係はもう20年にもなります。オペラを学び始めたときから歌うのが夢の役でした。歌姫であるトスカは、女性歌手にとって本当に素晴らしい役であり、私自身、大好きな役です。とても柔軟性のある役柄で、歌う側の解釈でいろいろな側面、色合いを出すことができます。

――山場のひとつであるアリア「歌に生き、愛に生き」は、どのような思いを込めて歌っていらっしゃいますか。

N 多くの人に愛される、とても有名な、そして素晴らしいアリアですね。でも、そういったことは一切考えないようにしています。

 本当にさまざまな歌い方ができるアリアで、歌う側のトスカ像によっても、また、歌手の声の音色、キャラクターによっても変わります。プッチーニの偉大さが改めて感じられるアリアですが、私自身は、幕が上がった瞬間からそのようなことは全て忘れます。そして、ただひたすらにトスカの心情になり、トスカとして彼女の運命を歩み、第2幕のその場面に至ったときの思いで歌うのです。それが、このアリアだと考えています。

 私自身のトスカへのアプローチや解釈も、年月を経て変遷しています。新国立劇場の舞台においても、過去に歌ったものとは決して同じにならないでしょう。オペラ、そして芸術の醍醐味はそこにあるのではないでしょうか。

 「あなたのトスカ像は?」なんて質問しないでくださいね(笑)。話し出したら、止まりませんから。トスカとして生き、歌い重ねることで、その舞台・その時に生まれてくるものが常にあるのですよ。

――『トスカ』の中で、ネーグルスタッドさんの考えるハイライト場面はどこでしょうか。

N なんといっても最後の最後に身を投げる場面です。実は以前、飛び降りたらマットから外れたところに着地してしまい、足を怪我してしまったのです。ですから今でも身を投げる瞬間にとても緊張します。無事に着地できたとわかった瞬間が、私にとってのハイライトなんです(笑)。

――最後に、日本の聴衆にメッセージをお願いします。

N 2008年に渋谷で『アイーダ』(コンヴィチュニー演出)の舞台に立ったとき、日本の皆さんがオペラをいかに深く愛していらっしゃるか、身をもって感じました。今回は新国立劇場で、私の大好きなトスカで皆さんにお目にかかれるのは大変光栄なことであり、今からとても楽しみでなりません。そして大好きな日本にうかがえるのは、本当にうれしいことです。



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