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オペラ「松風」美術家・塩田千春インタビュー


塩田千春

細川俊夫作曲、サシャ・ヴァルツ演出・振付『松風』で舞台美術を担当した塩田千春。ベルリンを拠点に世界各地で旺盛に作品を発表し続けている現代美術家で、今やアート界きっての人気美術家のひとり。日本でも多くのファンが新作を心待ちにしています。展示空間に張り巡らせた糸や、ドレス、靴、ベッドなどの人々の生活の痕跡や記憶を内包する素材を用いた作品の数々は、美しさと力強さを併せ持ち、観る者の胸を直接揺さぶるような力があります。

『松風』は彼女の作品が国内で見られる貴重な機会でもあり、今回の上演が発表されるや、多くのアートファンの話題となりました。『松風』について、その創作アプローチやエピソードをお聞きしました。


この1年だけでもイスラエル、フランス、アメリカ、ベルギー、キプロス、デンマーク、中国、ドイツ、イタリア、スウェーデン、オランダ、インドネシア、日本と文字通り世界を駆け回って多くの作品を発表しています。塩田さんの創作の原動力はどこにあるのでしょうか。

私はアトリエで作ったものを美術館へ送るという制作の仕方ではなく、お話をいただいて現地に行って作る、ほとんどが現地制作です。毎回条件が違うし、毎回やっていて楽しいです。依頼があって条件を聞くと「ああ面白そう」とか「これは違うかな」という感じで、お話を聞いたときに好奇心が沸いてやってみたいと思うところから始まりますが、制作の原動力は、実際に作り始めてワクワクしてきた時に生まれます。


新国立劇場では2009年に演劇『タトゥー』(デーア・ローアー作、岡田利規演出)の美術を手掛けました。『タトゥー』では多数の窓が密集したオブジェが閉塞感や死の恐怖、また戯曲が持つ生々しい皮膚感覚のような世界とリンクしていました。


新国立劇場演劇『タトゥー』(2009年)より 撮影:谷古宇正彦

『タトウー』はお芝居だったので、割とかっちりした...あれでもかっちりした(笑)、舞台セットを作りました。岡田利規さんの作品の作り方が面白かったです。岡田さんの稽古場がすごく面白くて、「演じないでくれ。そこにあるから、あるものを表現してくれ」と言うんですよね。すると役者さんは棒読みになるんですけれど、「棒読みじゃなくて、あるものを、演じずに表現してくれ」と言うんです。とても難しいことを要求していましたが、役者さんはそれをやっていくので、すごいと思いました。岡田さんとのコラボレーションはとても面白かったです。美術の私には、「やりたいようにやってください」ということでした。

『松風』も、『松風』にあわせて作ってくれということではなく、「塩田千春の作品を作ってください」という依頼でした。サシャ・ヴァルツさんが私の黒い糸のインスタレーションを見て、この黒い糸で舞台を作ってみませんかというお話をいただいたんです。



サシャ・ヴァルツさんから黒い糸という材料のリクエストがあったのですね。制作する中で印象深かったことはありますか?



だいたい美術の展覧会というと、「作品に手を触れないでください」ということになります。『松風』の舞台美術は、14mの長さ、10mの高さの黒い糸のインスタレーションを作り、その中にダンサーも歌手も入って行ってよじ登ったりするんですよね。普段は「不在の中の存在」というテーマで私は作品を作っているのですが、舞台の上では歌手もダンサーもいるので不在というのはありえない。でも糸の作品の中に入ってもらって、ただの舞台美術として舞台上にあるだけではなく、もっと一緒に関わるものにしたいという思いがありました。それがこれだけの規模で可能になると私は思っていなくて、「無理じゃないかな」と思っていたんですが、技術の人たちと話し合ってアイディアをいろいろと出し合って共有し、可能になったので、これはすごいなと。一人だと「できない」と思って諦めていたようなことも、「やってみよう」というところに皆が立ってひとつのものを作っていくというところが、舞台美術に関わって面白かったところです。


『松風』モネ劇場公演より Photo: Bernd Uhlg

黒い糸が絡み合う巨大な美術を、出演者が登ったり、降りてきたりするシーンはとても印象的ですね。

あのシーンはやはり、できると思わなかったことができて、うれしかったです。14mの糸の世界が後ろからずーっと迫ってくるんです。これは本当に、自分一人ではできない世界で、舞台であれだけできるのはサシャしかいないのではないかと、強く思いました。皆さん作ることに意欲があって、「できない」で止まらない。本当に面白かったです。

美術の場合は、一人で決めて一人で判断して、一人で照明もやります。まったく一人の世界なんです。でも舞台ではそれが共有できて、テクニックも照明もパートに分かれて、舞台美術も二人いましたし、話しながら一つのものを作るんですよね。ただ最後の最後まで完成が見えない。部分部分でこうなるかな、ああなるかなと思いながら作るのですが、完成形は見えなくて、最後のゲネプロ(最終舞台稽古)をやって初めて「ああ、この作品はこういう風に完成したのか」と実感した時の感動はとても大きかったです。





『松風』モネ劇場公演より Photo: Bernd Uhlig

『松風』の舞台美術はピア・マイアー=シュリーヴァーさんと二人で担当されていますが、お二人の分担や共同作業はどのようなものだったのでしょうか?

ピアはサシャ・ヴァルツと10年以上の経験があったので、彼女が模型を作ったりして、テクニック的なことを可能にしてくれる存在でした。「ここまではできる、ここからは難しいけれどどうしようか」等と話し合いながら作りました。

『松風』には黒い糸の美術に覆われているシーンと、枠だけのシーンとがありますが、黒い糸の方が私で、ピアは枠の部分をメインにやっていました。最後に竹ひごが落ちてくるシーンは線と木で、一緒に考え、一緒に作っていましたね。


『松風』は細川俊夫さんの新作オペラの初演だったのですが、まず台本ができ、作曲され、振付・演出を進めていく、それと同時進行でプランを立てられたのですか。

台本は遅くて(笑)、最初は『松風』の1シーン、2シーンと作っていきました。実は半年間はこの作品を作っていました。当初から「半年間は移動なしでベルリンにいてください」という条件だったのです。ダンサーが踊って振付を作るところに私も一緒にいて、稽古に関わりながら作っていました。ダンサーと共に作っていく期間が6か月あったのです。また現地(初演したブリュッセルのモネ劇場)に行ってから2週間は、朝8時から夜12時まで劇場にずっと居っぱなし、ほとんど太陽も見ないような生活でした。基本的にダンサーさんたちはずっと踊っていて、休憩時間に私がちょこちょこっと直すという作業でしたが、太陽を見ない生活が続いたので、夢の世界か現実かがわからなくなるような毎日でした。



『松風』モネ劇場公演より Photo: Bernd Uhlig

『松風』という作品をどう捉えましたか?塩田さんは生と死、記憶といったテーマを創作活動の基本にされていますが、『松風』と重なるのでしょうか?

そうですね、『松風』の出演者はみんな亡霊で、死の世界と生の世界、夢の世界と現実の世界が行き交う話ですよね。糸というのは『松風』の世界を表すのにとても使いやすいなと思いました。糸の集積が、幻想か現実かわからない世界を作るんです。


塩田さんはオペラや演劇の舞台美術の仕事も多く、ドイツのキールで昨年『ジークフリート』の美術を手がけ、今年は新制作『神々の黄昏』が3月10日に初日を迎える予定です。

実は『ジークフリート』では、最初聴いたときには、ワーグナーにはそんなに心が震えなかったのですが、制作しているときに父が亡くなり、身近な人を亡くしたことによって、心にワーグナーが染み込むようになり、作りながら聴くごとに「すごい」と思うようになりました。作り始めはどんなに稽古で聴いても掴めなかったんです。でもすごいというのはわかって、その作り方は、ワーグナーの力にどんどん引っ張られていく感じでした。物語があるので、物語に沿って、自分の材料である糸を使って作りました。ジークフリート役の人はずっと出続けているんですよね、すごい作品ですね。私は基本的にアーティストなので、「自分の世界を出してください」と言っていただいていますが、「指環」はストーリーにあわせて作るというアプローチでした。舞台で火を使う部分が多くて、火も糸やロープで作りました。こちらは舞台美術だと思いますけど、『松風』はもう、舞台美術というより作品ですよね。

『ジークフリート』の前に『トリスタンとイゾルデ』をやっていて、ワーグナーつながりではあります。『トリスタン』は愛すれば愛するほど死に向かって抜け出せない世界に入っていきますよね。ワーグナーの暗くて壮大な世界は、私の作品に合うんだと思います

舞台美術は今後もやっていきたいと思っています。ずっと一人で作っていると、わからなくなってしまうんです。舞台でみんなで作る作品を時々すると、自分の作品が違う角度から見えてすごく面白いし、勉強になるんです。私の創作活動の中で、これは続けたいと思っています。



塩田千春(SHIOTA Chiharu)


1972年大阪府生まれ。ベルリン在住。生と死という人間の根源的な問題に向き合い、「生きることとは何か」、「存在とは何か」を探求しつつ大規模なインスタレーションを中心に、立体、写真、映像など多様な手法を用いた作品を制作。 2007年、神奈川県民ホールギャラリーの個展「沈黙から」で芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。2015年、 第56回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展の日本館代表として選出される。国内での主な個展に、京都文化博物館(18年)、KAAT神奈川芸術劇場(16年)、高知県立美術館(13年)、丸亀市猪熊弦一郎 現代美術館(12年)、国立国際美術館(08年)など。奥能登国際芸術祭(17年)、シドニービエンナーレ(16年)、釜山ビエンナーレ(14年)、瀬戸内国際芸術展(11年)などの国際展にも多数参加。また、サシャ・ヴァルツ演出・振付『松風』をはじめ舞台作品も多く、キール歌劇場『トリスタンとイゾルデ』(14年)、『ジークフリート』(17年)、キール劇場『冬物語』(16年)を手がけたほか、18年3月にはキール歌劇場『神々の黄昏』新制作の美術も予定されている。新国立劇場では演劇『タトゥー』(09年)の美術を担当した。


塩田千春ウェブサイトhttp://www.chiharu-shiota.com/ja/



【現在国内で開催中の展覧会】

アートのなぞなぞ 高橋コレクション展

12月23日(土)~2月28日(日)

静岡県立美術館/静岡



京都府新鋭選抜展2018特別出展 塩田千春「胡蝶の夢」

1月20日(土)~2月4日(日)

京都文化博物館 別館ホール※入場無料

開館40周年記念展:トラベラー まだ見ぬ地を踏むために

1月21日 (日)~5月6日(日)

国立国際美術館/大阪


塩田千春新作展

1月25日(木)~3月10日(土)

ケンジタキギャラリー/東京


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