オペラ「椿姫」タイトルロール イリーナ・ルング インタビュー



パリの高級娼婦ヴィオレッタの美しくも悲しい恋を描いた、ヴェルディ『椿姫』。「乾杯の歌」「花から花へ」「プロヴァンスの海と陸」など、名曲ぞろいの傑作オペラであるからこそ、旬の歌手で聴きたい演目だ。

ヴィオレッタ役を歌うのは、ミラノ・スカラ座をはじめ、ヨーロッパ各地の名門歌劇場で大活躍中のイリーナ・ルング。特にヴィオレッタ役で注目を集めているルングに、絶好調のキャリアについて、そして『椿姫』について話をうかがった。


インタビュアー◎井内美香 (音楽ライター)

<ジ・アトレ17年6月号より>


ミラノ・スカラ座『椿姫』が
たくさんの新しい扉を開いてくれました


  ©Victor Santiago

――イリーナ・ルングさんというと、2013年のミラノ・スカラ座日本公演での『ファルスタッフ』(ハーディング指揮、カーセン演出)ナンネッタ役が記憶に新しいところです。素晴らしい上演でとても話題になりました。日本のオペラ・ファンについてどのような感想を持っていますか?

ルング(以下L) 私の初来日は2006年の声楽リサイタルでした。その次がミラノ・スカラ座の日本公演です。日本のオペラ・ファンの印象は、オペラをとても良く知っている聴衆ということです。音楽の良し悪しをしっかり聴き分けていることが、客席からの反応に感じられました。

――ピアノと指揮を勉強してから声楽を学ばれたそうですが、どのようにして歌の道を選んだのですか?

L 私は6歳からピアノを勉強しました。その後に、指揮といっても合唱指揮を勉強し、子どもたちやアマチュアの合唱団で教えた経験もあります。18歳になって巡りあった先生のお陰で声楽の道に進むことになりました。

――ロシアで音楽を勉強されたとのことですが、卒業後はミラノ・スカラ座アカデミーに入られたのですね?

L ロシアの南西部にあるヴォロネジの音楽院で23歳まで学びました。そして、いくつかの国際コンクールで優勝した後に、ミラノ・スカラ座のアカデミーに入ったのです。その年の12月、ミラノ・スカラ座のシーズン開幕の演目はロッシーニの『モイーズとファラオン』でしたが、リッカルド・ムーティが私をアナイ役に抜擢してくれました。

――その後もミラノ・スカラ座への出演は数多いですね。特に『椿姫』のヴィオレッタ役では代役としての劇的なエピソードがあると聞きました。

L ミラノ・スカラ座の『椿姫』は2つのプロダクションに出演しています。ひとつ目は2007年と2008年に歌ったリリアーナ・カヴァーニ演出の舞台です。2007年にはカバー歌手として入っていましたが、ロリン・マゼールが私の歌を聴いた後で、本番の公演を1回歌わせてくれたのです。その時のヴィオレッタ役が評価され、翌年には同じ演出の『椿姫』にセカンド・キャストとして出演を依頼されました。この時、初日を歌う予定だったマリエッラ・デヴィーアが急に出演できなくなり私が初日を歌っています。

 でも、もっとも大変だったのは2013年12月、シーズン・オープニングの『椿姫』でした。この時のヴィオレッタはディアナ・ダムラウ。ロシア人演出家チェルニアコフによるかなり特殊な舞台だったのですが、ダムラウが4回目の公演のときに急病になってしまったのです。ミラノ・スカラ座に頼まれた私は、24時間のうちに新しい演出を頭に叩き込んで舞台に立ちました。大変な緊張を強いられましたが、お客様の反応は素晴らしく、大成功のうちに終わりました。この成功は私にたくさんの新しい扉を開いてくれました。

ヴィオレッタは
私自身の一部だと感じています

©Living Italy

――ヴィオレッタ役でこれまでに出演した劇場は? 過去のプロダクションの中で興味深かった演出はどのようなものでしたか?

L ヴィオレッタは私が一番多く歌っている役です。イタリアでもミラノ・スカラ座のほかにいくつもの歌劇場で歌っていますし、ウィーン国立歌劇場、チューリヒ歌劇場、ハンブルク州立歌劇場などへのデビューはヴィオレッタでした。ただ、メトロポリタン歌劇場は『リゴレット』ジルダ、英国ロイヤルオペラは『ラ・ボエーム』のムゼッタなど、別の役でデビューした劇場もありますが(笑)。そのほかではベルリン・ドイツ・オペラやパリ・オペラ座でもヴィオレッタを歌っています。たくさんの演出の中で、思い出深いのはやはりカヴァーニの演出かもしれません。

――あなた自身が抱くヴィオレッタ像とは?

L ヴィオレッタは私自身の一部であると感じています。第1幕、第2幕は役に合った声とテクニックがあれば乗り切れるかもしれませんが、第3幕のドラマは、彼女の人生を生きなければ表現できるものではありません。舞台を観ている人にとっても先が分かってしまうような演技ではいけないのです。この役を演じるのが何回目であろうとも、私にとっては毎回新しくこの役を生きることになるのです。

――演出のブサール氏はヴィオレッタについて「彼女のピュアな部分に感じる光を描きたい」と語っています。

L 私の思うヴィオレッタ像と共通点があると思います。ヴィオレッタは自分自身の中に葛藤がある。それは彼女にピュアな部分があるからこそ生まれる葛藤なのです。

――ヴェルディやプッチーニをはじめ、ロッシーニやドニゼッティなどのベル・カント、モーツァルト、フランス・オペラ、チャイコフスキーやリムスキー=コルサコフなどのロシア・オペラまでと幅広いレパートリーを持っていらっしゃいます。ご自身の声の個性をどのようにとらえていますか?

L 私はロシア人ですし、自分の文化を大切にしています。音楽家として一人前になるまでロシアで教育を受けました。ロシアの音楽教育は厳しいものでしたから、それを身につけたことは今日活躍する基礎となっていると思います。でも、ミラノに住むようになってもう14年の私にとって、ベル・カントの歌唱は大切です。今年はベッリーニ『カプレーティ家とモンテッキ家』、『清教徒』を歌い、ドニゼッティ『アンナ・ボレーナ』にもまもなく出演するなどベル・カントの重要な役のデビューが重なりました。これからも自分の声の成長を良く考えて、だんだんドラマティックな役を歌っていきたいと思います。フランス・オペラにも私の声に合う作品が多く、マスネの『マノン』も近いうちにデビューする予定です。

――時間がある時はどのように過ごされますか?

L 私は開放的な性格でして、人と一緒にいるのが好きなので、友達と過ごすことがエネルギーの充電になっています。

――最後に、あなたのヴィオレッタを待望する日本のファンにメッセージを。

L  多くの舞台で歌い、自分の中で成熟してきたヴィオレッタ役を日本の皆さんの前で披露できることを嬉しく思っています。日本の聴衆の印象として、オペラを良く知っている人が多い、と最初に言いましたが、オペラは、詳しい人にだけでなく、何も知らないで初めて舞台を観る人にも大きな発見と喜びをもたらす芸術だと思っています。まだオペラを観たことがない、という方にも私のヴィオレッタを聴いていただけたらとても嬉しいです。





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