オペラ「フィガロの結婚」スザンナ役 中村恵理 インタビュー



フィガロの結婚相手スザンナを歌うのは、中村恵理。新国立劇場オペラ研修所修了生で、昨年6月までに6年間、バイエルン州立歌劇場の専属歌手として数々の話題のプロダクションに出演するなど、ヨーロッパの第一線で活躍中だ。

11月3日には『チェネレントラ』クロリンダ役でウィーン国立歌劇場にデビューし、大成功を収めたという嬉しいニュースも入ってきた。オペラパレスで歌うのは、2007年以来、10年ぶり。期待の凱旋公演となる。

『フィガロの結婚』への意気込み、そしてバイエルン州立歌劇場での経験について語っていただいた。


インタビュアー◎柴辻純子(音楽評論家)

<ジ・アトレ16年12月号より>


時代が傾いても生き抜ける
タフなスザンナを表現したい



  2007年「フィガロの結婚」より

――これまで中村さんは、新国立劇場はじめ、ロンドンやミュンヘンの歌劇場でスザンナ役を演じてきました。スザンナというのは、どのような女性なのでしょうか。

中村 『フィガロの結婚』というのは〝スザンナの結婚〞でもあって、この日は特別な日だけれども、彼女の立場としては、伯爵家での仕事、日常の生活の延長線上にある喜ばしい日で、そのなかでいろいろな人に巻き込まれていきます。普段から火種はくすぶっていますが、その日に結婚式があることよって、伯爵が初夜権を主張したり、問題がいきなり噴出してきます。コミカルな役と言われることもありますが、そうではなく、忙しい日常を一生懸命生きている人だと思っています。

――モーツァルトは、第3幕の手紙の二重唱や第4幕のアリアなど、スザンナのために素敵な歌を書きました。

中村 この役は何度も歌ってきましたが、実際に舞台で歌うのは6年ぶりになります。私の声も以前とは変わって、伯爵夫人を歌えるようになってきているので、第3幕の伯爵夫人との二重唱では声を寄り添わせて歌えたらと思っています。第4幕のアリアは、どうやっても難しいです。表面的には伯爵を誘っている歌にフィガロには聞こえるわけですが、そこは真摯に、フィガロへの愛を歌っていきたいです。感情豊かに、でもモーツァルトなのでシンプルに、楽譜に忠実に表現したいと思います。それと第2幕の最後のアンサンブルは、スザンナとしては「もうこれっきりにして」と思うのに、次々いろいろな人が加わってきます。お客様も高揚されていく場面だと思いますので、あちらこちらで火花を散らせるような音楽ができればいいですね。

 モーツァルトは大好きな作曲家ですが、年を追うごとに難しいと感じるようになりました。毎回歌うたびに、ここをもう少し面白くできるのではないかと、ちょっとした行間を見つけるのが楽しい作曲家です。レチタティーヴォにしても、今回はこの言葉を引き立てたけれど、練習してみたらこちらの言葉を引き立てても面白いな、とか、気づかせてくれます。ついこの間も『戴冠ミサ』を歌いましたが、モーツァルトの音楽には天性の美しさがあると思いました。モーツァルトを歌うと、心のなのか魂なのか、何かしらが洗われるような気がします。

――新国立劇場のホモキ演出のプロダクションには、2003年の初演時にバルバリーナ役で抜擢され、2年後の再演でも同役、さらに2007年にはスザンナ役で出演されました。

中村 最初にバルバリーナ役で出演したときはまだ新国立劇場の研修生でしたので、これがヨーロッパの現代的な舞台なのかと、新しい考え方を見せられた思いがしました。最近の演出はもっと前衛的なものもあるけれど、当時はカルチャーショックのようなものがありました。いま考えてみると、幕を追うごとに舞台が崩れていくとか斜めになっていくところに時代の危うさのようなものがあって、シンプルかつ機能的で良くできた演出だなと思います。

――白く塗った段ボールを積み上げた舞台装置も、話題になりました。

中村 自分の想像力をちょっと働かせるだけで面白くなりますよね。スザンナ役を演じたとき、公演中だったかゲネプロだったか、落ちてはいけない場面で段ボールがひとつ、ぽとっと落ちたんですね。後で使うわけですから、きちんとしなくてはと元の位置に戻したのですが、今思えば、演者としては物語の進行上正しい行為だとしても、演出の本質を考えるとそれは戻してはいけなかったのではと......。それこそが時代は動き、傾いていることなのでは......と思いました。なのでホモキさんの演出でスザンナを演じるときは、時代が傾いても生き抜けるタフさやバイタリティーを出せたらと考えています。

リリックからドラマティックへ声が変化中
スザンナ役は2017年が最後かも

「フィガロの結婚」リハーサルの様子

――中村さんは、2010年から6年間、ミュンヘンのバイエルン州立歌劇場の専属歌手として契約され、約160公演に出演されました。ソプラノとしてはここ最近で最長の契約期間とうかがっています。数多くの公演の中で最も印象に残る舞台は?

中村 最初の年の、ベッリーニの『カプレーティ家とモンテッキ家』ですね。新国立劇場でも『椿姫』を演出したヴァンサン・ブサールさんの新演出でした。主役のジュリエッタで専属の1年目ということもあって、プレッシャーも大きかったですが、(クリスチャン・)ラクロワさんの衣裳も着せていただき、記念に残る公演だったと思います。翌年にネトレプコさんが歌われたとき、以前のロンドンのときと同様ミュンヘンでも彼女の代役を務め、大きな役だったので印象に残っています。

――演出家や指揮者はいかがでしょうか。

中村 演出家でいえば、カリスト・ビエイトさんが印象に残っています。ショッキングな演出をされる方で、日本ではなかなか上演しづらいのではないかと思います。バイエルンで『ボリス・ゴドゥノフ』、トゥールーズの歌劇場では『トゥーランドット』に出演しました。やりがいがある舞台で、信頼していますが、血なまぐさいというか、凄いことがいろいろ起こります。『ボリス』はヒロインの皇女クセーニャ役を演じましたが、そのときは初めての彼の演出だったこともあり、特に大変な思いをしました。

 指揮者では、バイエルン州立歌劇場音楽総監督のキリル・ペトレンコさん(ベルリン・フィルの次期首席指揮者・芸術監督)。ものすごい集中力で、要求されることがはっきりしていて、大変勉強になります。本番でも、欲しいところで絶対にキュー(合図)がきます。ちょっと不安があって助けてほしいときも、絶対にわかってくださっていますね。

――海外で学び、歌手として活躍されていますが、新しい環境にも戸惑いなく飛び込んでいったのでしょうか。

中村 大変なことはたくさんありましたが、凝り固まった固定観念に捉われないためのトレーニングだと思って前向きに学ぶようにしています。でも、カルチャーショックが一番大きかったのは、新国立劇場の研修所に入所するために上京したときですね。それまで外国人に出会ったことすらなかったですから。あの3年間は非常に大変でしたけれど、多くのことを学ばせていただきました。オランダではヨーロッパの生活に慣れること、あとパントマイムの授業が多かったのは、ありがたかったです。イギリスでは、ほとんどプロとして歌っている感覚でした。

――先ほど「声が変わった」とおっしゃいましたが、今後どのようにレパートリーを広げていきますか。

中村 いまはリリックからドラマティックに移行していく過渡期かと思っているので、スザンナ役は2017年が最後になるかもしれません。これから声が育っていけば、ヴェルディの『オテロ』、プッチーニはすでに始めていますが『ラ・ボエーム』、可能なら三部作等も、フランスものなら『ファウスト』などにも挑戦してきたいですね。

――最後に読者にメッセージをお願いします。

中村 スザンナはとにかく〝巻き込まれていく〞役ですので、伯爵や伯爵夫人、フィガロやケルビーノたちを、私が〝巻き込まれていく〞ことで引き立てていけたらと思っています。新国立劇場の舞台は久しぶりなので、また歌わせていただけてとてもありがたく思っています。たくさんの方にいらしていただけたら嬉しいです。


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