オペラ「オテロ」タイトルロール カルロ・ヴェントレ インタビュー

果敢な武将であり、妻を愛する夫である英雄が、猜疑心にさいなまれ、精神のバランスを失っていく。

苦悩刷る主人公オテロを演じるのは、カルロ・ヴェントレ。

新国立劇場では『トスカ』『アイーダ』『アンドレア・シェニエ』で情熱的で輝かしい声を聴かせてくれた彼が、難役オテロをいかに演じるか。

ヴェルディの傑作『オテロ』への思いを語る。

インタビュアー◎井内美香(音楽ライター)

<ジ・アトレ16年11月号より>


自分にぴったりな役に巡りあえることがある
私の場合、それがオテロでした



  2016年4月「アンドレア・シェニエ」より

――2016年4月のジョルダーノ『アンドレア・シェニエ』を聴きました。タイトルロールを圧倒的な声で歌われて素晴らしかったです。

ヴェントレ(以下V どうもありがとうございます。私にとっても感動的な公演でした。同じウルグアイ出身のマリア・ホセ・シーリがマッダレーナ役を歌いましたし、キャスト全員がとても良いチームだったと思います。新国立劇場とは波長が合うというのでしょうか、この劇場で歌うときにはいつもとても良いヴァイブレーションを感じながら歌うことができるのです。

――ヴェントレさんの声はイタリア・オペラの傑作の数々に適した輝かしい声ですが、近年ますます磨きがかかってきたように思います。声の新鮮さを保ちながら成長させる秘訣はどこにあるのでしょう?

V 規律、技術、勉強、そしてなにより「歌いたい」という気持ちです。年齢とともに人間は成長しますが、新鮮さは失われていく。それを技術で補うことが必要です。若いときには肉体やスタミナが助けてくれる。でも、年齢とともにテクニックが上達しなければいけません。それは若さを保つためというよりは成長するためです。良いワインが熟成するように、声を育てるのもまた〈時〉なのです。

――オテロ役へのデビューはいつでしたか?

V この役にデビューしたのは2011年フランクフルト歌劇場です。とてもモダンな演出でした。従来の、顔を黒く塗って時代物の衣裳を着てオテロ役を演じるのと比べて、新奇ともいえる演出でのデビューは私にとって大いに勉強になりました。例えば、走ってきて舞台に身を投げ出したり、動きがとても激しかったのです。あの条件で歌った後では、もうどのような舞台でも自信を持ってこの役を歌うことができます。昨年はパルマ王立歌劇場でも『オテロ』を歌い公演が大成功だったので、自分としてはお墨付きをもらった気でいます。パルマはヴェルディのお膝元で、観客が大変厳しいことで有名ですから。

――オテロは難役だと言われますが、どんなところが難しいのでしょう。

V なによりもまず、我々の肩には「オテロ歌手」の伝統がのしかかっています。マリオ・デル・モナコやラモン・ヴィナイのような名歌手の系譜ですね。彼らの遺産が偉大であることが、後の世代の私たちがこの役を歌うことを難しくするのです。「昔の歌手は良かった」と比較されてしまいますから。しかし往年の名歌手たちは、ドイツ式の演出で歌う必要はなかったのではないかと思います(笑)。それにオーケストラのチューニングも今より低かったのです。もちろん過去の名歌手たちは偉大でした。オテロ役を歌うのは声への負担も大きいです。叙情性と劇的な表現の両方を併せ持っていないと歌えません。それでいて主に使われる声域はかなり高いのです。よく「なぜそんなに若いうちからオテロを歌うんだい?」と言われますが、この役を歌うのには肉体的なエネルギーは欠かせません。登場の場面の最初の一声「喜べ!」から最後のモノローグまで、聴かせどころばかりが続きます。重唱も多く、全てが重要なのです。

――「オテロ歌手」の歴史にも時代とともに変遷がありました。デル・モナコ、ドミンゴ、そして近年の歌手もいます。それぞれ時代と個性によって違うオテロ像だと思います。ヴェントレさんの歌い演じるオテロはどのようなオテロですか?

V もし選べるならデル・モナコのようにオテロを歌いたいものです。そう思うのが普通ではないでしょうか(笑)。デル・モナコは輝きと力強さに焦点を合わせ、声と肉体の迫力で勝負しました。一方ドミンゴは、もっと純粋な表現と、弱音の美しさを持ち合わせていました。二人の美点を併せ持つのが一番いいには違いありませんね(笑)。冗談はさておき、自分にぴったりと合った役というものに巡り会えることがあるものです。私にとってはオテロがそれでした。最初に『オテロ』を歌うオファーを受けたときには「オテロ!?それは無理だ。だってデル・モナコが......」と心配しました。ところが歌ってみると、この役は私にぴったりだったのです。まるで服を試着したらどこも直す必要がなく完璧に似合っていたかのように。オテロは武将です。でも恋をしている武将です。ですから彼が絶望している瞬間でも輝きは必要です。



さまざまな舞台で一緒に歌ったことのある共演者たち
きっと最高のチームになるでしょう

2013年「アイーダ」より

――『オテロ』の聴きどころを教えてください。それぞれの幕で違った表現が要求されますね?

V 第1幕はやはりデズデーモナとの2重唱です。音楽が織りなす美しさは他に類を見ません。第2幕ではイアーゴとの有名な2重唱「大理石のような天に誓う」が、桁外れに素晴らしいです。第3幕はデズデーモナとの2重唱の後にくるオテロの独白「神よ! 全ての恥辱と禍を」ですね。この上なくドラマチックで、絶望した男の苦悩を歌いますが、声を張りあげるのではなく息が詰まったような表現が必要になります。非常に密度が濃い瞬間です。そして最終幕のオテロの死の場面「誰も私を恐れることはない」。これはもう何と言ったらいいのか......本当に卓越しています。

――今回はセレーナ・ファルノッキアさん、ウラディーミル・ストヤノフさん、そして『アンドレア・シェニエ』で一緒だった清水華澄さんとの共演になります。指揮はパオロ・カリニャーニ、演出はマリオ・マルトーネ。水を使った演出が見どころです。共演の方々で良く知っている方はいますか?

V セレーナとはトリエステ歌劇場の『シモン・ボッカネグラ』で共演しました。ウラディーミルとも『仮面舞踏会』などで一緒に歌っています。マエストロ・カリニャーニとは私がフランクフルトで『仮面舞踏会』にデビューしたときにご一緒しました。セレーナやウラディーミルはまさに「ヴェルディの声」を持っている歌手たちですし、清水さんは『アンドレア・シェニエ』で共演しましたが素晴らしい歌手でした。きっと最高のチームになるでしょう。

――ヴェントレさんはこれまで新国立劇場で『トスカ』『アイーダ』、そして『アンドレア・シェニエ』にご出演されています。この劇場の好きな点がありましたら教えてください。

V たくさんあります。まずは落ち着いて仕事に集中できることです。劇場で働く人々が自分のやるべきことをちゃんと知っている。「明日のリハーサルは第3幕です」と言われたら本当に第3幕をやります。「今日はやっぱり第1幕になりました」ということは、不思議なことに日本では起こらないのです(笑)。それから人々の親切さ。いつも私たちを気にかけてくれる。とても嬉しいことです。

――『オテロ』を楽しみにしています。日本の観客にメッセージをお願いします。

V まずは『アンドレア・シェニエ』で皆さんが私を温かく迎えてくださったことに心からお礼を申し上げます。皆さんの拍手と掛け声には感動しました。早く新国立劇場に戻って素晴らしいオテロを演じたいです


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