「カルメン」ドン・ホセ役 マッシモ・ジョルダーノ インタビュー

スペインの香りたちこめ、激しい恋が燃え立つ、情熱のオペラ『カルメン』。

カルメンの恋の相手ドン・ホセを歌うのは、世界の名門歌劇場で活躍するテノール、マッシモ・ジョルダーノ。15年ぶりに、待望の再来日&新国立劇場再登場を果たす。

ドン・ホセという人物は、純朴な青年で、カルメンと出会ったために運命が狂わされてしまった、と一般的には考えるものだが、ジョルダーノの解釈は違うようで......。

ジョルダーノならではのドン・ホセ像をたっぷり語っていただいた。

<ジ・アトレ9月号より>


ドン・ホセはなぜ故郷を離れたのか......
彼の歌から、彼の二面性がはっきりわかります


――ジョルダーノさんが新国立劇場に、そして、日本にいらっしゃるのは、初来日の2002年の『椿姫』以来ですね。あのときのことは覚えていらっしゃいますか?

ジョルダーノ以下G もちろんですとも! 劇場の皆さんの手際が良く、リハーサルが無駄なく運んでいたことに非常に好印象を抱きました。人間関係もとても温かくて、いつでもまた戻りたいと思っていました。それがやっと叶います!

――キャリアについて改めてお聞かせください。歌手になろうと思ったきっかけは?

G 音楽を始めたのは8歳です。まずリコーダーを勉強し、自然な流れでフルートを学び、18歳でトリエステの音楽院を修了しました。フルートに区切りがついたのですぐに歌の勉強にも取りかかったのですが、正直なところ、冒険でした。同じ「音楽」といっても、楽器と声楽では、表現の種類が全く違いますから。

――歌にもともと興味があったのでしょうか。

G 不思議なのですが、楽器はなにか自分に合っていないように感じていたのです。かといって、声楽がすぐにしっくりきたかというと、そうでもなく......。そんなとき、ピアノを勉強していた学友が「君はいい声なんだから歌ってみなよ」と言って伴奏してくれたことがきっかけで、歌うことへの迷いが吹っ切れました。

――キャリアは最初から順調だったようですね。

G 23、4歳のごく若い頃から、本当に恵まれました。最初にトリエステ歌劇場の合唱団に所属しましたが、その頃から、コンクールに出て、オーディションを受け、事務所から声がかかって、とキャリアの「竜巻」が始まっていました。数年後にはミラノ・スカラ座に出演し、すぐに続けてザルツブルク音楽祭でマエストロ・アバドと共演し、パルマやローマなどの伝統ある劇場でも経験を積み......といった具合に次々に出演が決まりました。とにかく幸運でした。

――最近の舞台で一番の話題は、ラトル指揮のバーデン・バーデン復活祭音楽祭『マノン・レスコー』だと思いますが、ほかにも印象深い最近の舞台はありますか?

G 『マノン・レスコー』はベルリン・フィルとの共演でしたから、おっしゃる通り忘れられない舞台です。他には、ウィーンでの『アドリアーナ・ルクヴルール』(共演はゲオルギュー)や、2009年から10年にかけて行ったコンサートシリーズも充実した思い出ですし、2010年のウィーンでの『カルメン』(ネトレプコがミカエラ役)も記憶に残っています。国立歌劇場総監督を長く務められたホーレンダー氏のもとでの最後のプロダクションでしたから。ほかには、バスティーユ・オペラでの『トスカ』も......ああ、どれも思い出深い舞台で話が終わりません(笑)。

――今回『カルメン』にご出演いただきますが、エネルギッシュかつ甘くロマンティックなジョルダーノさんの声はドン・ホセにうってつけですね。

G ドン・ホセ役は7〜8年前から歌い始め、もうかなりの回数を歌っています。この役は、明暗、濃淡をつけた歌い方が要求されます。ストーリーを通して、一人の人物の心情が上昇していく動きが見て取れる役なのです。

 私は、『カルメン』のストーリーをこう解釈しています。あくまで私の想像ですが。ドン・ホセはなぜ故郷を離れなければならなかったのか......おそらく、彼は故郷で殺人かなにか重罪を犯した。だから、離れた土地でないと平穏に生きられなかったんだろう、とね。この仮定は、彼の性格を判断する根拠になります。普段は善良な青年だけれども、何かスイッチが入ると激情が走り、自己コントロールができなくなる、二面性を秘めた人物なので

す。彼の歌の曲調を追うと実感するのですが、ミカエラに対してや、故郷を歌うとき、彼は精神の均衡を保っています。でも、話がカルメンに及ぶと、表情がまるで変わります。別人格といってもいいほどです。カルメンとの出会いは、暴力性を秘めたドン・ホセの精神構造が暴かれるための点火装置になるのです。彼が故郷を歌うところで、尋常でない「過去への思い」を嗅ぎ取るのは、私だけでしょうか。

ドン・ホセが追い続けたのはカルメンではなく
彼自身の心の影に思えてなりません

――ジョルダーノさんのおっしゃるように解釈してみると、おそらくドン・ホセの過去を知っているたミカエラが、彼を故郷に連れ戻すことに執着するのも納得できます。

G ドン・ホセは、現実の人生との接点を奪われてしまっているのです。リアルな社会で生きている感覚を求めていたであろう彼には、カルメンが救世主のように見えたかもしれない。ですが実際はそうではなく、破綻へのきっかけになってしまった。気をつけていただきたいことは、カルメンは娼婦ではありません。近代の社会構造からはみ出しているかもしれませんが、男を堕落させるような「夜の女」ではない。普通に「昼の女」です。彼女にとっては、その日初めて見た美男のドン・ホセがたまたま目に留まった、というだけです。最終的にドン・ホセ自身は彼女に縛られ、解き放たれ、空回りし......となっていきますが、カルメンにはそんな大げさな認識が果たしてあったでしょうか。

――すべてはドン・ホセ自身の精神構造の「ねじれ」がストーリーを動かしていると?

G そうです。力学を生み出しているのはそこなのです。彼は第3幕第1場までに紆余曲折を味わいますが、その間ずっと架空の人生を生きています。最後、闘牛場の場面でカルメンに再会して「自分とやり直す気はないか?」と最後の問いかけをしたとき初めて、「現実の人生」に戻るのです。現実に至ったとき、救世主だと信じていたカルメンがそうではないことに気づかされ、そして自分が何者なのかも自覚する。ラストシーンで彼がカルメンににじり寄っていくとき、彼の「自分」が「世界」と一致するのです

 ドン・ホセの暴力的な一面は、第2幕の「花のアリア」でもわかりますよ。カルメンが投げた花を刑務所でもずっと大事に持っていた......と歌いますが、彼の自己陶酔的な面がわかりますよね。自分だけが愛における全ての理想を実現できるかのように錯覚しています。カルメンはドン・ホセよりずっと実社会を知っていますから、すでに歩調が合わない。ドン・ホセ自身がその「歩調の差」に気づくのは、ラストシーンにおいてなのです。

 「カルメン」の物語の進行役はカルメンだと多くの人は思っていらっしゃるでしょうが、私は、極端な性向をもったドン・ホセの心理が解かれていく過程が、悲劇の流れを決定しているとみています。ドン・ホセが追い続けたのは、果たしてカルメンという女性だったのでしょうか。私には、彼自身の心の影だったように思えてなりません。

――とても興味深い分析をありがとうございました。ところで、今回のカルメン役のマクシモワさん、エスカミーリョ役のブレッツさんと共演されたことはありますか?

G マクシモワさんとはウィーンで『カルメン』をご一緒する「話があったのですが、私が直前に怪我をしたため共演できませんでした。なので、東京でやっとご一緒できます。ブレッツさんとは初めてですので楽しみですね。でもなによりも、日本の皆さんとお会いすることがとても楽しみです! そして、今語ったドン・ホセ像を表現する舞台になることをお約束します。ぜひ劇場にいらしてくださいね!

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