「カルメン」タイトルロール エレーナ・マクシモワ インタビュー

男を魅了せずにはいられないファム・ファタール(宿命の女)。恋も人生も自由に生きる女カルメンを演じるのは、エレーナ・マクシモワ。

昨年4月『ウェルテル』でシャルロットを好演し、日本のオペラ・ファンに強い印象を残したマクシモワが、これまで音楽家としてどのような道を歩んできたのか。歌手になったきっかけ、そして『カルメン』について語る。

インタビュアー◎ 後藤菜穂子 (音楽ライター)<ジ・アトレ8月号より>


カルメンは、歌うというより
「心で感じる」役です

2016年4月「ウェルテル」公演より

――マクシモワさんはすでにウィーン、ミュンヘン、ドレスデン、ロンドン、ミラノなどの歌劇場でカルメン役を歌っていらっしゃいます。初カルメンはいつでしたか?

マクシモワ(以下M) ヨーロッパで最初にカルメンを歌ったのは2007年のバイエルン州立歌劇場でしたが、2005年頃にマリインスキー劇場の舞台で歌ったのが本当のデビューです。これは当時私が所属していたスタニスラフスキー&ネミロヴィチ=ダンチェンコ記念国立モスクワ音楽劇場の引っ越し公演でした。このプロダクションは今もモスクワで上演されていますが、現代風のとてもセクシーな『カルメン』です。短いドレスを着て、自分の髪のまま演じ、舞台でシャワーを浴びるシーンまであるのですが、大好きなプロダクションです。『カルメン』はモダンな演出も伝統的な演出も経験していますが、私自身は、筋が通っている演出であればどちらでもかまいません。

――カルメンを歌う上での難しさはどんな点ですか?

M 役自体はもう何十回と歌っていますので、さほど難しくは感じません。もちろん技術的なことに集中しなければならない箇所はいくつかありますが。最も重要なのは、カルメンというのは「歌う」ことよりも、「心で感じる」役だということです。最初から最後まで、彼女の心情を演じ切る覚悟が必要です。

 カルメンを演じる上で気をつけなければならないのは、彼女は自由な女性であるけれども、決して売春婦ではないことを示すことです。オペラの冒頭の彼女はとても幸せです。「ハバネラ」ではカルメンは人々に「愛とは何か知っている?」と問いかけますが、彼女は心から愛せる人を探しているのです。そしてホセに会って、何か特別なものを感じるのです。カルメンがホセに感じていたのは本当の愛ではなかったかもしれませんが、深い感情を抱き、二人の関係は第2幕の二重唱で大きく発展します。

 感情的に難しいのは第3幕の「カルタの歌」です。この時彼女は初めて自分の心と正直に向き合うのです。そして最終場も非常にエモーショナルなので、技術と感情をうまく結びつけて歌えるように、日頃から練習しなければなりません。本番の舞台で聴衆に感情を伝えるためには、リハーサルにおいても技術的に正しく歌うだけではなく、感情をフルに込めて歌うことが必要です。

――オペラ歌手になるまでの道のりについて教えてください。

M 私はロシアのウラル山脈のふもとの町ペルミで育ちました。祖母と母は合唱団で歌っていましたが、家族に音楽家はいません。子供の頃に学外のクラブ活動として合唱団に入り、合唱を通して歌うことの喜びを発見しました。合唱団の女性指揮者が素晴らしい方で、私も最初は合唱指揮者の養成コースに進んだのです。でも若くて経験不足で、百人規模の合唱団をうまく指導できず、これは自分に向いていないと思いました。そのコースでは声楽のレッスンもあり、その先生がぜひ声楽を学んではと勧めてくれたので、コースが終わってモスクワ音楽院を受験し、入学できました。そして音楽院の2年目の時に国立モスクワ音楽劇場のヤング・プログラムに参加できることになったのです。

――オペラに目覚めたのはいつですか?

M ペルミにもオペラ・ハウスはあって、今はずっと活発ですが、私の子供の頃は大して演技もない古めかしい上演ばかりでとても退屈でした。そのため、実は音楽院でも最初はリート歌手になろうと思っていました。

 音楽院に入ってすぐの1998年に、国立モスクワ音楽劇場で新演出の『カルメン』があると聞き、友達と安い学生券で観に行きました。それが芸術監督ティテル氏の演出で、今まで観たオペラとはまったく違って真実味があり、とても感動してその場で友人に「私、この劇場で働きたい!」と宣言したのを覚えています。まさか、その1年半後には夢がかなうなんて想像もしていませんでしたが。その『カルメン』こそ、のちに自分も歌うことになるプロダクションだったのです。それは私にとって転機となり、こうした演技のできるオペラ歌手になりたいと思うようになったのです。


シャルロットは奥の深い役
台本に描かれていない部分も工夫しました

――ところでマクシモワさんは初来日が2011年のフィレンツェ歌劇場の来日公演で、公演が始まる直前に東日本大地震に遭われたそうですね。

M はい、あの時は『運命の力』のプレツィオジッラ役でした。震災が起きた時、私たちは東京文化会館にいてリハーサルの休憩中でした。その後、1公演は行ったのですが、余震が続き交通網にも影響が出たため、帰国せざるを得ませんでした。私たちキャストはそのまま残って公演を行いたかったのですが。

 今でも当時のことを思い、被害の大きさを考えると涙が出ます。でも、あの時に日本の皆さんがパニックに陥らずに落ち着いて行動していることが強く印象に残っていて、とても感銘を受けました。

――昨春には『ウェルテル』のシャルロット役で新国立劇場に初登場されました。

M  ウェルテル役のディミトリー・コルチャックとは昔モスクワ時代にコンサートで共演したこともあり、彼と再び舞台に立つことができとても嬉しかったです。彼は素晴らしい音楽家で、フレージングなども楽譜に忠実で、それはマスネを歌う上ではきわめて重要なことです。

 メゾ・ソプラノのための役はドラマティックで重い声のためのものが多く、シャルロットのようにリリックかつ深い感情を表現できる役柄というのは少ないので、とても好きな役です。演じていても奥が深く、台本に書かれていない部分も工夫しました。舞台ではつねに細部にこだわって、毎公演何か違うディテールを取り入れるようにしています。

――最近ではほかにどんな役を歌っていらっしゃいますか?

M 私の声はリリックのメゾですが、最近少しずつドラマティックに変化しています。私はデビューが早かったので、すでに15年間舞台で歌っており、身体も声質も変化するのは自然です。

 今でもコロラトゥーラは得意なので、ロッシーニはなるべく歌うようにしています。東京の『ウェルテル』の前はウィーン国立歌劇場で『セビリアの理髪師』のロジーナを歌っていましたし、11月には同歌劇場で『チェネレントラ』にデビューします。

 他方、よりドラマティックな役も少しずつ取り入れており、『ドン・カルロ』のエボリ役も歌っていますし、数年後には『アイーダ』のアムネリスを歌う予定です。アズチェーナやウルリカなどもオファーされていますが、今は断っています。あと5年間は今のようなレパートリーを中心にしたいと思っています。

――最も影響を受けた歌手はどなたでしょうか?

M その時々によってさまざまな歌手から影響を受けてきました。ここ1・2年はアンナ・ネトレプコの活躍ぶりをさすがだと思っています。舞台でも自分に正直で、演技も信じられるものですし、インタビューなど舞台の外でのふるまいも率直で素敵です。

 若い頃はミレッラ・フレーニを崇拝していました。彼女の歌唱が大好きで、レコードをたくさん聴きました。それからロシアの偉大なメゾ・ソプラノ、エレーナ・オブラスツォワにも尊敬の念を持っていました。その他にも素晴らしい歌手がたくさんいますし、みんな違う個性を持っており、どの歌手からも学ぶことがあります。

――お話ありがとうございました。『カルメン』を楽しみにしております。



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