オペラ「サロメ」ヨハナーン役 グリア・グリムスレイ インタビュー


新約聖書をもとにオスカー・ワイルドが執筆した戯曲を原作とする
リヒャルト・シュトラウスの傑作オペラ『サロメ』。

サロメが心ひかれる預言者ヨハナーンを演じるのは、ニューオーリンズ出身のバス・バリトン、グリア・グリムスレイだ。

メトロポリタン歌劇場「ニーベルングの指環」でヴォータンが絶賛されたグリムスレイにとって、ヨハナーンは最も大切にしている役のひとつ。

むせかえるような狂乱の晩に響く、ヨハナーンの厳かな声をどのように演じてくれるか、期待が高まる。



<下記インタビューはジ・アトレ10月号掲載>

ヨハナーンの音楽だけがシンメトリー
そこにシュトラウスの意図を感じます

音楽稽古より

――グリムスレイさんは『サロメ』で新国立劇場に初登場されますが、日本にはいらしたことがありますね。1980年代に初来日されたあと、2012年、2013年には関西で歌われています。

グリムスレイ(以下G はい。1987年はピーター・ブルック演出の『カルメンの悲劇』でした。1980年代と現在では東京もずいぶん変わったことでしょうね。日本には大変良い印象を持っています。私はアメリカのニューオーリンズ出身なのですが、日本の文化の中に、自分が育った環境とよく似たものを感じています。日本は、他人同士でもお互いを大事にして、礼儀を重んじますよね。私が子供時代を過ごしたニューオーリンズはそのような土地柄でした。

――ニューオーリンズといえばジャズの町ですね。

G ニューオーリンズは町に音楽があふれていました。アメリカの他の州や町ではもう見られなくなった文化や習慣が、私が子供の頃のニューオーリンズにはまだあったんですよ。たとえば、馬に荷車を引かせた果物の行商人が「今日はこれが美味しいよ!」という売り文句を、歌にして歌うんです。ええ、ラグタイム・ミュージックです。私はそんな場所で育ちました。

――では「歌手になろう」と決意したきっかけは?

G どうして自分は舞台に立っているのか│今も常にそれを自問している気がします。子供の頃から表現することが好きでしたので、表現者になることは自然でした。若い頃はトランペットを吹いていたし、教会の聖歌隊にも所属し、高校では演劇を専攻しました。そして、それまでに好きで勉強してきたいろいろなことを合わせて到達した表現方法が、オペラだったのです。それは「音楽とドラマ」の結合です。

――ドラマと言えば、グリムスレイさんは姿も素晴らしいですから、映画俳優になろうと考えたことがあるのでは?

G あります(笑)。今でもとても興味がありますよ。あらゆる芸術表現が好きですから。実は音楽学校時代にミュージカルの勉強もしたのですが、やはり自分にとってはオペラの方だと思いました。でもそんなふうにして、可能性を感じる分野にはまずはトライしてみる、それが私のやり方です。映画もきっかけがあればぜひやってみたいですね。


――さて、今回演じる『サロメ』のヨハナーン役は、美しくも、非常に特殊な役だと思います。グリムスレイさんはヨハナーンをどう解釈していますか?

G ヨハナーンは、自分には正しいメッセージがある、そして、その哲学について人々を納得させることが可能だと信じている人です。この役を初めて歌うことになったとき、洗礼者ヨハネなる人物がどういう生き方をしたのか、いろいろ勉強しました。大昔のイスラエルに生きた、聖書の中での重要な預言者のひとりですが、彼が説いたのは「素朴さに立ち戻れ」ということです。当時のユダヤでは、王と王妃が横暴を働いており、宗教人がその素朴な信条を貫くことができない環境でした。当時は、思考も行動も「利己を追求する」ことが一般的だったのでしょう。彼はそれを変えようと、王と王妃にも「心を改めよ」と説いたのです。ヨハナーンは「素朴さ」を礎に変革を訴えた人物です。

――『サロメ』の登場人物は皆、他の誰とも人間的な心の関わりを持ちませんが、ヨハナーンだけがそれでも「関わろうとする」意思を持ち続けるのが興味深いところです。

G そうです。それは音楽にも表現されています。ヨハナーンが歌うパートは、音楽的にはなかなか複雑ではありますが、シンメトリーな曲想です。それに対して他の人物たちが歌う部分はシンメトリーではないのです。私はそこにシュトラウスの意図を感じます。人間はシンメトリー、つまり、「自分がいて、相手がいる」という対称性や均衡を本質として持っている、あるいは求める存在です。ですが、一方がなにかを投げかけても、他方がそれを聞こうとしない......それを表現するために、ヨハナーン以外は、わざとシンメトリーではなく書かれているのですよ。


預言者にとって言葉がすべて
ヨハナーンの歌は言葉を大切にレガートで歌います

――『サロメ』は美しいオペラだと思いますが、何ゆえ美しいのか、ぜひ教えていただけませんでしょうか。

G  それについてなら何日でも話せますよ! ですので東京に到着してからゆっくり語ることにして(笑)、今は大事なポイントについてだけお話しします。

 作曲された1905年当時、『サロメ』は前衛的な作品として位置づけられましたが、今もその新鮮さを失っていません。シュトラウスは、個々の役もしくはある状況と特定の音型を結び付けて表現する〝ライトモチーフ〞の手法をワーグナーから借用しましたが、シュトラウスは、ワーグナーよりも音楽の流動感をより重視して書いています。シュトラウスは〝声のための音楽〞にスタイルを与えつつ書くことに長けたマイスターなのです。しかも彼の音楽は、絵筆を握って楽譜を書いたように、聴く人に、まるで絵画を見ているような味わいを与えてくれます。目の前にあるのは高価な美しい骨董品なのに、それが私たちと同時代的な感性を持っているのです......ああ、『サロメ』の素晴らしさを手短かにお伝えするのは難しいですね!


――サロメは、古井戸から響くヨハナーンの声に心を奪われますが、グリムスレイさんがヨハナーンを歌うときは、特別に声を作る工夫をされますか?

G オペラでは、やはり役柄に合わせて声に「特徴づけ」する必要がありますので、私も自分の声にいくつかのパターンを持っています。ただ、ヨハナーンについては、美しい輪郭は楽譜にしっかり記されていますので、シュトラウスが導くとおりに自分の声を自然に運べば、その美しさは完成します。音を辿れば、自ずとそこにあらゆる感情や情動が浮き上がってくる。パフォーマンスとは本来そういう現象をさす言葉です。

 しかし実際のところヨハナーンはしんどい役です。この役を歌うのに努力だけではどうにもならないものがあるとすれば、それは「天賦の頑健な声」ですね。シュトラウスはそのような声を想定して書いたと思います。ヨハナーンは幽閉されていますから、体は弱り切っているはず。そこで彼の存在を際立たせるものが、「決して弱くならない声」なのです。声そのものが彼の「言葉」と言ってもいい。技術的には終始レガートで歌い、言葉と言葉の繋がりにとても気をつけます。預言者が呼びかける「言葉」ですから。彼にとって「言葉」はすべてです。その大切さを思えば、当然のことです。


――最後に、読者にメッセージをお願いします。

G 新国立劇場で歌う機会をいただいて、とても嬉しいです。世界に数々ある素晴らしい場所のなかでも特に好きな日本の空気にまた触れられることを、心から楽しみにしております。


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