コラム:ジョナサン・ミラーの『ファルスタッフ』 巨匠演出家が描く人間喜劇のリアリティ


文:後藤菜穂子(音楽ライター)<ジ・アトレ7月号より>

人の行動の描き方に光るミラーの観察眼


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ジョナサン・ミラー

ジョナサン・ミラー(1934年生まれ)は現役生活の長い演出家である。今年に入ってからも、3月に英国北部ヨークシャーの劇場でシェイクスピアの『リア王』の演出を手がけ、好評を博した。なんと生涯八度目の『リア王』だそうである。ガーディアン紙の評者は、「ミラーの演出は目から鱗が落ちるようだった。一見シンプルで明快│エリザベス調の衣裳と最小限の舞台装置│なのだが、すべての場面が劇的効果を考えた上で芝居の額面どおり演じられる。それによってすべての状況が明確になり、全体の構造の中での各場面の役割もはっきり見える」と賞賛した。

 これを読んで、このアプローチは彼の新国立劇場での『ファルスタッフ』の演出にもあてはまると思った。たしかにミラーは若い頃はもっと大胆な、人々を驚かせるようなプロダクションで話題を呼んできたが(たとえば1950年代のニューヨークのマフィア社会を舞台としたヴェルディ『リゴレット』など)、ここ十数年は、シンプルな設定の中で登場人物の人間関係とその行動学的な意味付けに焦点を当てた演出が多くなっている。
 ミラーにとって、『ファルスタッフ』は東京での演出が四度目ということで、何度も演出するうちにドラマの本質ではない部分を削ぎ落とした舞台に向かうのは当然なのかもしれない。彼自身、同じ作品を複数回演出する場合、毎回違うアプローチを取るよりは、核となる要素を繰り返し用い、時間とともに熟成、変化させていくと述べている。
 実際、新国立劇場の『ファルスタッフ』の舞台設定も1993年のチューリッヒ歌劇場のプロダクション(1998年にベルリン州立歌劇場で再演)から受け継がれてきた(ただし制作チームは別で、同じ演出ではない)。すなわちシェイクスピアの原作『ウィンザーの陽気な女房たち』の英国ではなく、フェルメールの絵画から抜け出してきたような17世紀のオランダに移されているが、これはオランダであることに特に意味があるというよりは、ファルスタッフの物語になるべくリアリティを与えられる設定を考えたらオランダだったということなのだろう。
 156.jpg2004年の新演出の際のプロダクション・ノートでミラーは次のように語っている。「舞台は17世紀のオランダ絵画の描写に基づいて、当時の生活を細部にわたって表現しました。というのも、シェイクスピアの時代のルネサンス家屋の内部描写を詳細に行ったのはオランダ絵画しかないからです」

 ミラーの演出に初めて接する人にとっては、ごくオーソドックスな舞台に見えるかもしれない。でもミラーの演出の醍醐味は昔も今も、ドラマの中の人間の行動の描き方にあり、そこには彼の人間に対する鋭い観察眼が光っているのである。


  




医学博士・喜劇役者・脚本家そして演出家

 ジョナサン・ミラーはよく知られているように医学博士でもあり、専門は神経内科であった。ケンブリッジ大学在学中より、同大学の演劇サークルで喜劇役者および脚本家として活躍し、いったんは医師になるが、1960年にエディンバラ・フェスティヴァルで彼が仲間たちと上演した喜劇が大ヒットしたのを機に、芝居の道を進むことになる。とはいっても、彼自身はつねに最先端の医学の研究に関心を持ち続け(のちに何度か医学への復帰を試み、医学史、神経心理学なども学んだ)、そうした科学的な分析力は彼の演出にも反映されている。「演出とは、まさに医者の診断と同じです。すなわち人を一分間よく観察し、一見関係なさそうな事柄から、問題がどこにあるのかを突き止めるのです」と彼は語っている。
 演出家としては、初めは演劇およびテレビで名を成し、1970年にはロンドンのナショナル・シアターで名優ローレンス・オリヴィエ主演の『ヴェニスの商人』の演出を手がけた。また70年代にはBBCのテレビ用のシェイクスピア劇のシリーズを監修、高く評価された。オペラの演出に乗り出したのも同じく70年代で、英国のケント・オペラおよびグラインドボーン、そしてイングリッシュ・ナショナル・オペラ(ENO)から招かれ、特に後者では数々の名プロダクションが生まれた。またヨーロッパでも、フィレンツェの歌劇場やチューリッヒ歌劇場などと強い関係を結んできた。
 最近まで上演されていた彼の人気プロダクションとしては、アルマーニ・ファッションによる現代版『コジ・ファン・トゥッテ』(英国ロイヤル・オペラ)、テキサスの田舎のダイナーを舞台にした『愛の妙薬』(スウェーデン王立歌劇場/ENO)、ドール・ハウス風の『ドン・パスクアーレ』(フィレンツェ五月音楽祭/英国ロイヤル・オペラ)などが挙げられよう。後者は『ファルスタッフ』の美術家のイザベラ・バイウォーターと初めて組んだ作品である。


『ファルスタッフ』に見るミラー演出の極意

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 こう見てくると、ミラーは実は喜劇のほうが得意なのかもしれない。彼自身、喜劇役者であったからかもしれないが、この『ファルスタッフ』でもコミカルな演技やしぐさが目を惹く。といっても、けっして誇張した演技で笑いを取るのではなく、間合いの取り方やちょっとしたジェスチュアが巧みに計算されていて(たとえばパンドルフォとピストーラのやりとり、クイックリー夫人の立ち回りなどに見られる)、思わず観客の笑いを誘うのだ。また、この演出では、ファルスタッフの太鼓腹もそれほど強調されず、少し太めのどこにでもいそうな好色で陽気なキャラクターとして描かれる。観る者としては彼をあざ笑うのではなく、苦笑しながらも思わず同情してしまうだろう。


 この演出のハイライトは、第2幕第2部でファルスタッフがアリーチェに言い寄っているところにフォード率いる男衆が乗り込んでくる場面だと思う。音楽的にも、ヴェルディのアンサンブルの真骨頂である九重唱が聴きどころである。しばしばこの場面はただのドタバタ騒ぎで終わってしまうのだが、ミラーの演出では男衆がまるで狩りで獲物を追いつめるように地面をはいつくばって、ついたてのうしろにいるファルスタッフ(実際にはナンネッタとフェントン)に近づいていくのだが、その動きが音楽にも合っていてなんともコミカルなのだ。112.jpg一方、そうした騒ぎの中、女性たちは洗濯籠に隠れているファルスタッフの横で、平然と洗濯物をたたんでいる。そうした対比の構図が効果的であり、黙役のフォード家の召使いの行動もリアリティを与える。こうしたディテールにこだわってこそ、喜劇は活き活きとしてくるのである。

 『ファルスタッフ』を17世紀オランダの市井の人々の日常的なドラマとして描くことによって、むしろ現代にも通じる普遍的な人間喜劇をあぶりだしている演出と考えることができるのではないだろうか。


舞台写真:2007年「ファルスタッフ」公演より©三枝近志

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