オペラ「トスカ」タイトルロール マリア・ホセ・シーリ インタビュー

愛するカヴァラドッシを救うため、悪徳警視総監スカルピアと命がけの駆け引きをする歌姫トスカ。逃げきれたかと思いきや、最後に大きな罠が待ち構えていた─
「歌に生き、恋に生き」「星は光りぬ」など、有名アリアと共に怒涛の物語が展開するプッチーニの傑作オペラ『トスカ』を11月に上演。トスカ役は、世界の歌劇場で大活躍中のソプラノ、マリア・ホセ・シーリが歌う。
シーリは『トスカ』のほか、来年4月の『アンドレア・シェニエ』にも登場する、2015/2016シーズンの顔となる歌手のひとりだ。トスカはシーリにとって最も得意な役のひとつ。役柄と作品の魅力について語る。



<下記インタビューはジ・アトレ6月号掲載>  

トスカを演じきるのは快感です

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     マリア・ホセ・シーリ

――シーリさんはこれまでミラノ・スカラ座日本公演で日本にいらしたことはありますが、日本のプロダクションに出演されるのは今回の『トスカ』が初めてですね。

シーリ(以下S) そうなんです。とても楽しみなんですよ。日本の皆さんの礼儀正しさと、オペラへの深い尊敬。ミラノ・スカラ座日本公演に2回参加したので、日本のことは少なからず存じています。大好きな国ですので、そこで今度は本格的なプロダクションに参加して歌えるなんて、夢みたいです。11月の『トスカ』だけでなく、来年4月の『アンドレア・シェニエ』もお声をかけていただき、ありがとうございます。

─ここ数年シーリさんが頻繁に歌っている役は、まず『アイーダ』、そして『トスカ』ですね。

S ええ。『アイーダ』は7月にヴェローナ野外歌劇場で歌いますが、それが私の通算100回目の『アイーダ』になります。『アイーダ』の次に多く歌っているのが『トスカ』です。こちらはまだとても100回には達しませんが、10種類のプロダクションで歌いましたよ。

─数あるソプラノの役のなかでもトスカは象徴的な大役のひとつですが、トスカの人物像をどう解釈されていますか?

S 歌うにあたっては興味と喜びを覚える役ですね。でも私とトスカでは性格は違います。性格そのものは私もトスカのようにハッキリと強いですが、でもトスカのような"ディーヴァ"じゃありませんし、やきもちも焼きません。ですから、なるほど、こういう女性心理もあるのか、と発見を楽しみながら演じています。トスカは典型的なローマの女性で、人生のすべてを劇的に捉えて表現しますね。場面によっても違い、カヴァラドッシと二人きりではまるで子供のようになり、スカルピアを相手にするときは強気な面や狡猾さが現れます。女性って結構複雑だから(笑)、そんな女性のさまざまな感情の複合体のありようが、このオペラには存分に表現されていて、それを演じきるのは快感です。

─『トスカ』には数々の見せ場と聴きどころがありますが、シーリさんが最も好きな場面、お客様によく見ていただきたい場面は?

S 私は、第3幕の冒頭、カヴァラドッシが独り嘆く場面が最も美しいと思います。オーケストラの音楽も素晴らしいですから、今一度ぜひこの場面をじっくり味わってください。テノールの有名すぎるアリア「星は光りぬ」で感動は最高潮に達すると思いますが、その少し前から、皆さんがカヴァラドッシの心の動きに添えるよう、プッチーニはとても上手に曲を書いています。この一連の流れのなかにある完璧な詩情を味わってください。

─ご自分が歌うところでは?

S やはり「歌に生き、恋に生き」ですね。彼女の命のすべて、祈りのすべてがこめられています。それから、スカルピアが歌う箇所にも、音楽的に美しいフレーズがたくさんあるんです。特に彼が低い声のまま抑えて歌う部分には面白いところが多いですから、耳を傾けていただきたいですね。


「虫も殺せない」トスカが殺人を犯す流れに呑み込まれる
そこが悲劇です

シーリ Maria José SIRI 3.jpg─観客の目線で一番ハラハラするのは、トスカがスカルピアと丁々発止の心理戦ののちに彼を刺し殺す場面ですが、演じていていかがですか。

S あそこは、演劇的に素晴らしい場面です。トスカが初めて、でも策略として、スカルピアを誘惑しますが、あの音楽は、彼女の歌もオーケストラも全体の色調も美しいです。でも演じる方はとても大変です。トスカは、極限の心理状態を耐えています。拷問を受けている恋人を思い、かつて経験したことがないほどの心の揺れを味わい、それが限界まで達したところで「歌に生き、恋に生き」を歌わなければならないので、中距離走を全力で駆け抜けて、ゴールに倒れ込みたいところをぐっとこらえて、いきなり太極拳を始めるようなものなのですよ(笑)。
 彼女がスカルピアを刺し殺す動作については、楽譜上にちゃんと指示がありますが、そこに至るまでの表現は演出によってさまざまです。直前まで激しく演技する場合もあれば、比較的静かに全体が進行する演出もあります。スカルピアを殺そうという考えは、切羽詰まった心理の結果です。テーブルの上のナイフにふと目が留まった瞬間に閃いたのでしょう。よく使われる表現ですが、トスカは正真正銘「虫も殺せない女性」です。計画的に殺人なんか、するわけがない。そんな彼女が周囲の状況によって殺人を犯す流れに呑み込まれてゆく。それこそが悲劇なのです。

─今まさにキャリアが大きく花開いて、世界中の劇場で引っ張りだこのシーリさんですが、これだけの仕事を精力的にこなすエネルギーは、どこから生まれるのですか?

S 自分でも不思議です(笑)。とはいえ、いつも元気いっぱいとはいきませんので、ちゃんと休みを取りますよ。健康法としてはヨガをやっています。体調を整えて瞑想できるので、エネルギー充填に役立ちます。あとは普通によく寝てよく食べます。休養期間中は神経質にはしませんが、舞台の稽古期間と本番中には、あまり喋らないようにするとか、食べ過ぎ・飲み過ぎに気をつけています。

─シーリさんはウルグアイのご出身ですね。新国立劇場でも歌っているテノール、カルロ・ヴェントレさんや、メトロポリタン歌劇場などでご活躍のバリトン、エルウィン・シュロットさんなど、優れたアーティストを多く輩出している国ですね。

S お二人とも存じ上げています。ヴェントレさんは親しい友人ですし、シュロットさんと私は1996年にモンテビデオ歌劇場の合唱団に入団した同期なんですよ。
 ウルグアイ人の気質は、とても素朴で穏やかです。南米において、ブラジルやアルゼンチンのような大国ではありませんから、身近な人たちの輪が生活のなかでとても大切にされている国です。自然を愛する心も強くて、たとえば私の故郷では、家族や隣人と、夕暮れの海辺に太陽が沈むのを見に行き、その美しさを讃えて空に拍手をするんです。そういうことが習慣になっている国なんですよ。

─最後に、日本のファンにメッセージを。

S 皆さんに、この場をお借りしてお約束します。前回日本で歌ったとき、終演後に大勢のファンの方が封筒を手渡してくだって、私はそれに自分の舞台写真を入れて返信したかったのですが、帰国準備に追われて投函できませんでした。本当にごめんなさい。今回新しい写真を用意して、あのときいただいた封筒を全部持っていきます。だいぶお待たせしてしまいましたが、きちんとお約束を果たしますので、どうか楽しみに待っていてくださいね。11月には私の『トスカ』をぜひ聴きにいらしてください!

 

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