オペラ「沈黙」演出 宮田慶子インタビュー

主よ、あなたは本当におられるのか─!
17世紀、長崎の隠れキリシタンとポルトガル人司祭の苦悩と絶望を

描く、遠藤周作原作・松村禎三作曲の日本オペラの傑作『沈黙』。

宮田慶子演劇芸術監督による演出で2012年に中劇場で初演した舞台

が、6月にオペラパレスで上演される。3年ぶりの再演に先駆けて、

今年2月には長崎で演奏会形式で上演し、絶賛された。再演への思い

と、改めて『沈黙』という作品について、宮田監督にうかがった。



<下記インタビューはジ・アトレ4月号掲載>

  

『沈黙』に描かれていることは
現代の日本人も心に抱いている
テーマだと思います

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     2012年公演より

――宮田監督は2012年に『沈黙』を演出されましたが、このときがオペラ初演出でいらっしゃいました。今改めて振り返って、オペラと演劇の演出にどのような違いを感じましたか?

宮田 あのとき公演プログラムも書いたのですが、演劇では、台詞を読み解き、台詞と台詞の行間を埋めるのが演出家の主な作業なのですが、オペラは行間にはすでに音楽があるので、その音楽を読み解いてビジュアルに置き換えていくのが演出家の仕事だと思いました。この興味は尽きないですね。演劇の場合、俳優がどう動くかは俳優自身にある程度任せて、演出家は彼らの案を「選択」することが多いですが、オペラの場合は、たとえば、この音で突然フォルティシモになるのは何を表現しているのかを演出が読み解き、その感情を歌にこめるだけではなく、具体的な動きに置き換えてはどうか、と歌手の皆さんにどんどん提案させていただきました。皆さんもアイデア豊富で、また、演技にのめり込んでいく様子が分かり、私も興奮しました。前回の公演は、みんなで大きな山に頑張って登ったというような思いです。おかげで、とても仲のいいチームなんですよ。

――前回の公演では、役にのめり込む歌手の皆さんの並々ならぬ気迫を感じました。

宮田 『沈黙』に描かれていることは、日本人が心の深い部分で今も抱えているテーマなんだと思います。私は演劇で[JAPAN MEETS・・・]シリーズを上演していますが、日本が西洋の文化や宗教と出会ったとき、どれほどの摩擦、葛藤や軋轢があったか、そしてどのように受け入れたらいいのか、現代でも直面していることです。また、『沈黙』は人を信じようとする力、人を愛そうとする力を描いた物語でもあるから、共感できるんですよね。すると自然に演技にものめり込んで、ソリストの皆さんをはじめ、村人を演じる合唱団一人一人の気持ちも、熱気のように立ち上ってくるんですよ。素晴らしかったです。

――この2月、長崎で『沈黙』を演奏会形式で上演して大成功だったそうですね。物語の舞台での上演はいかがでしたか?

宮田 始まる前はとてもプレッシャーでした。私はかつて、隠れキリシタンを題材に扱った演劇の舞台を手がけたことがあり、その調査で長崎に何度も足を運んでいて、長崎には今も、殉教者たちの思いや歴史が生々しく息づいていることを知っています。そんな町での『沈黙』上演ですから反応が気になりましたけれど、皆さんものすごく熱く見てくださいました。オペラが進むにつれて、前のめりの姿勢で見入ってくださっているんですよ。上演の途中で、お客様がすすり泣く声が聞こえて。ドラマがちゃんとお客様に届いているんだ、と実感しましたね。

――『沈黙』の音楽は決して易しいものではありませんが、長崎のお客様の心にもしっかり届いたのですね。

宮田 丹念にリハーサルを積んでくると、「この言葉を伝えるには、この音階しかない」と思えてくるんですよね。長崎のお客様も、オハルとモキチの美しいアリアで気持ちがグンと入ったのが分かりました。みなさん、「現代音楽」ということはあまり気になさっていないようでしたね。


踏み絵は、最大の敗北であり
そして、ロドリゴにとって最大の愛

08_SAE5842.jpg――前回の『沈黙』は中劇場でしたが、6月はオペラパレスでの上演です。中劇場とは空間がだいぶ異なりますよね。

宮田 空間は大きくなりますが、装置のコンセプトは変えたくないので、そのままオペラパレスに持ち込もうと思っています。広くなる分、ポジションの調整をしながら、素晴らしい歌手の皆さんが、十字架と対決する様をじっくり見せていきたいです。

――宮田さんの『沈黙』といえば、大きな十字架と丘の舞台セットがとても印象的です。

宮田 演出のコンセプトは、日本という大地に、圧倒的な存在感と違和感を持って、くさびのように突き刺さった巨大な十字架。と同時に、ロドリゴやすべての人たちの心が難破していると捉え、荒波にもまれる難破船に見えるような舞台を考えました。十字架が巨大なマストで、丘が船の舳先です。回り舞台でこれらが回転するのですが、それにより、傾斜が逆になるなどして、舞台にいろいろな形と空間が生まれて、それぞれの場面の表情が実に面白いんです。

――クライマックスは最後の「白い朝」の場面だと思いますが、あの演出に宮田さんが込めた思いは?

宮田 最後の踏み絵は、最大の敗北ではあるけれども、しかし、己のプライドや信念よりも信者の命を救おうとしたロドリゴの最大の愛だったと思います。このときのロドリゴの心情は、情けなさの中で、でもどこかホッとしたんじゃないか。白い明かりは、神の祝福もしくは許しかもしれない。一人一人の心の中に神がいると考えれば、踏み絵を踏んだ彼自身が神だったのでは、など、いろいろな解釈が出来る場面です。心の崇高さが最も出る場面ですから、清らかなシーンにしたい、と思っていました。これは決して悲劇でない、悲劇・喜劇を超えた物語なんです。とはいえ、こんなエンディングあり?! と言いたくなる、シンプルすぎて怖いシーンですけれどね。なにしろ最後の第16景は、ロドリゴは全く歌いませんから。ボロボロの衣裳を着て、踏み絵の前で演技するだけ。ロドリゴ役の小餅谷哲男さん、小原啓楼さん共に、前回は命を削るような素晴らしい演技を毎回見せてくれました。小原さんが言っていましたが、日常生活も品行方正にストイックにしないとロドリゴ役は出来ないそうですよ。確かに、そうでないとあの物語を支えられないんだと思います。演劇もオペラも、精神性を見せる場面で幕を下ろす作品は、心も体も投げ打って、自分なのか役なのかわからなくなるくらい演じ切らないと、お客様は決して感動しません。そんな大変な作品ですが、歌手にとって、日本の歴史上の出来事にオペラで向かい合える喜びは大きいと思います。お客様もぜひ、オペラを通して、今も日本人の心が抱えるテーマに触れていただければと思います。


 

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