オペラ「ばらの騎士」指揮 シュテファン・ショルテス インタビュー

華やかな舞台と優美な音楽で多くの人に愛されるリヒャルト・シュトラウスのオペラ『ばらの騎士』。
5月の公演では、エッセン歌劇場の支配人兼音楽総監督として輝かしい成功を収めた
シュテファン・ショルテスが指揮を務める。シュトラウスのスペシャリストとして高く評価されているショルテスに、
シュトラウスのオペラ、そして『ばらの騎士』の魅力についてうかがった。



<下記インタビューはジ・アトレ1月号掲載>

  

『ばらの騎士』には
メンデルスゾーン『真夏の夜の夢』の妖精のような
優美さ、透明感があります

ショルテス Mr Stefan Soltesz Fotograf Matthias Jung 写真 20141025.jpg
     シュテファン・ショルテス

――『ばらの騎士』はウィーンを舞台にしたオペラで、作品名を聴くだけで多くの人が古き良きウィーンのイメージを抱きます。

ショルテス(以下S) そうですね。このオペラは第一次世界大戦の前に作曲されましたが、それよりも前のマリア・テレジアの治世下の時代が舞台となっていて、古き日々へ別れを告げているような、ノスタルジックな面を持っています。でもだからと言って、このオペラを俗っぽく、あるいはセンチメンタルに描いてしまってはいけません。
 リヒャルト・シュトラウスは遅いテンポを好みませんでしたが、そこに我々はウィーン人の心持ちを重ねることができます。どんなに深い悩みがあっても出口のないような深刻な状況にはならず、悩みのあることをどこか楽しんでいるような、ユーモアのセンスを常に失わない感覚、それがウィーン人ならではの感情なのです。例えば、元帥夫人はオクタヴィアンとの愛が終わっても、それはあくまで彼との愛が終わっただけで、きっと新たな愛をまた見つけるであろうことを彼女自身はよくわかっているのです。

――オペラだけでなく、交響詩においても素晴らしい足跡を残したシュトラウスですが、彼のオペラ作品を指揮する難しさは何でしょう。

S シュトラウスのオペラの難しさは、オーケストラと声とのバランスにあります。声を覆ってしまうことなく、それでいてオーケストラのそれぞれの声部の音色を明確に響かせなくてはなりません。シュトラウスの管弦楽曲の持つエクスタシーが損なわれてはならないのです。しかし同時に素早く変わる音楽に歌手がついてこられるような演奏も心がけなくてはいけません。声がついてこられるように、あるいは声を支えるように演奏をすると同時に、オーケストラが自らの音色で音楽を奏でるわけです。オーケストラ自身が語ることができたときこそ、歌う声に彩りを添えることができるとも言えます。
 『エレクトラ』や『サロメ』のように、『ばらの騎士』以前のシュトラウスのオペラにおいては、極端な強弱とか、前衛的な表現といった具合に、オーケストラは常に強く、あるいは激しくあらねばならないようなところが多々見られます。でも『ばらの騎士』では、あたかもメンデルスゾーンの『真夏の夜の夢』に見られる妖精のような優美さ、透明感があります。オーケストラのあふれんばかりの豊かな音色を通して、オーケストラの限りない可能性を示しながら、その中に声が埋没することがないように細心の注意を払う......当たり前のことのようですが、オーケストラを完全なコントロール下に置くのが指揮者にとっての課題となります。

――ショルテスさんは今までに『ばらの騎士』を数多く指揮していらっしゃいますね。

S 新国立劇場でのジョナサン・ミラーの演出による『ばらの騎士』は初めてですが、過去には数多くの『ばらの騎士』を指揮してきました。そして、大昔のことですが(笑)、助手としても多くのリヒャルト・シュトラウス作品を経験する機会に恵まれました。『ばらの騎士』に関しては、ザルツブルク音楽祭ではドホナーニ、フライブルク音楽祭ではカラヤンのもとで助手としてこの作品を経験しましたが、大変強い感銘を受けただけではなく、とても多くのことを学ぶことができました。『ばらの騎士』ではありませんが、『ナクソス島のアリアドネ』ではカール・ベームの助手を務めました。彼が『ばらの騎士』を指揮することはあまりありませんでしたが、私のリヒャルト・シュトラウスのオペラ解釈においてカール・ベームはとても大きな存在です。


ウィーン独特のドイツ語"ウィーン語"の理解は
オペラでは大きな意味を持ちます

――ショルテスさんはハンガリーでお生まれになりましたが、幼い時にウィーンに移り、ウィーンで育ち、教育を受けられました。それがあなたのシュトラウスの音楽の解釈において一助となられたことと思います。

S 私はウィーンで育ちましたから、ある意味、ウィーンっ子と言っても良いかもしれませんね。子供時代にはウィーンの有名な少年合唱団に属し、歌っていました。ヨーロッパやアメリカへのツアーにも参加しました。残念ながら合唱団員として日本に行く機会はありませんでしたが。その後はウィーンの音楽院に進み、ハンス・スワロフスキー教授に師事するなど、多くのウィーンの指揮者や教授のもとで学びました。このようにウィーンは私の故郷であり、ウィーン的な感覚は自然に染みついていったのです。オペラ『ばらの騎士』や『アラベッラ』の理解は、私にとって難しいものではありませんでした。これらの作品の持つ雰囲気、空気感、さらには歌い方からウィーン語に至るまで、どれもが私にとっては、自分の周りにごく自然に存在するものだったからです。ウィーンではドイツ語を用いますが、ウィーン独特の言い回しや発音があり、私はそれをウィーン語と呼んでいます。そしてこのウィーン語の理解も歌詞のあるオペラでは大きな意味を持つのです。

――エッセン歌劇場(アールト・ムジークテアター)でショルテスさんは支配人兼総音楽監督、エッセン・フィル音楽総監督を務め、劇場とオーケストラをヨーロッパ随一のものに押し上げて、「最優秀オペラ劇場」賞をはじめ数々の賞を受賞されました。最終シーズンの最後の公演『影のない女』で終演後の拍手が15分以上も続いた様子は日本でも放映されました。そこで得られたものは大きかったことと思います。

S ええ、総音楽監督だけでなく支配人も務めていたので、あらゆることに関わりましたし、関わらなくてはなりませんでした。つまり、プログラムを作るだけでなく、広報活動、資金集め、経済不況で文化費が削減される中での政府との予算折衝など、15年間、本当にいろいろなことをやりました。権限も大きいけれど責任も大きく、仕事としてではなく使命感を持って臨みました。このような経験を通して、指揮者、音楽家としての視点だけでなく、歌劇場全体を見る視点を持ち、夢を見るだけでない、現実に沿った対応も身につけました。スタッフをはじめ、多くの人々に支えられる歌劇場に対する広い知識と感謝を学んだ日々でしたね。

――2015年5月の公演が今から楽しみです。

S 私も再び日本にうかがうのを今からとても楽しみにしています。25年前にベルリン州立歌劇場の公演で初めて訪れて以来、日本は私の大好きな国のひとつになりました。日本のオーケストラの水準はとても高く、素晴らしいホールもたくさんあります。そしてなんと言っても素晴らしい聴衆の皆さんに再びお目にかかるのが今から楽しみです。オペラでは滞在が長くなりますので、日本にはいろいろな料理のおいしいレストランが数多くあることもうれしいですね。


 

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