「運命の力」レオノーラ役 イアーノ・タマー インタビュー

悲劇のヒロイン、レオノーラを演じるのは、イアーノ・タマー。

2009年『トスカ』でドラマティックな歌唱を聴かせたタマーにとって

レオノーラは大好きなのに、歌うチャンスがなかなかめぐってこない役。

ゆえに、今回の新国立劇場の公演は、彼女にとって待望の舞台とのこと。

その思いを裏付けるかのように、作品への深い洞察を語ってくれた。

<下記インタビューはジ・アトレ10月号掲載>

  

「真の忠誠心」が汚されたとき
人は思わぬ運命の歯車に
翻弄され始めるのです

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     2009年「トスカ」より

――新国立劇場に出演されるのは2009年の『トスカ』以来ですね。

タマー(以下T)はい、あの公演はとても印象深いものでした。なぜなら、新国立劇場で「新しい空気」に触れた気がしたからです。私はヨーロッパ式の仕事の方法に知らず知らず慣れているのですけれど、日本のみなさんのお仕事ぶりは、私がそれまで経験したことのないものでした。仕事の丁寧さ、責任感、現場の空気の自由さ、信頼感があれば舞台がよりよくなる可能性が広がる、という安心感です。なんて落ち着いた気分で歌えたことでしょう! まさに理想的な環境で、他の国では感じたことがない快適な気分でした。早くまた新国立劇場で歌いたいわ!

――ありがとうございます。さて、今回ご出演なさるのは『運命の力』です。この物語はおそらく『トスカ』や『椿姫』などの"わかりやすい悲劇"と同じ枠には入れられない作品だと思うのですが、いかがでしょうか。例えば、主人公レオノーラの苦悩などは、あまりにも自己犠牲的で掴みにくく感じますが。

T 確かに『運命の力』のレオノーラは、トスカを歌うときと同じようにはいきません。でも、ストーリーと人物像の解釈がもっと難しいのは『イル・トロヴァトーレ』ではないかしら。『運命の力』は意外とシンプルなお話だと思うんですよ。ただ、当時の貴族階級の伝統や慣習という、少しわかりづらい要素があり、しかもそこが話のポイントになるから難しく感じるのかもしれません。レオノーラの一家はスペインの貴族です。その高貴な血筋に、他民族、しかも他の大陸の血を入れてはいけない、というその部分ですね。

――そこが、レオノーラとドン・アルヴァーロが引き裂かれる理由です。

T そうです。主人公レオノーラは純粋な恋をしたけれど、父親に相手のドン・アルヴァーロを認めてもらえなかった。彼らは結婚できないことを悲しむのですが、しかし「血族の伝統」に逆らうわけにはいかない。悲劇の要因は、父親を心から尊敬していたレオノーラの貴族として当然の生き方が、ドン・アルヴァーロへの愛の実現を妨げた、ということです。そこに、ドン・アルヴァーロのピストルの暴発によってレオノーラの父が死んでしまうという、まったく不運としか言いようのない「事故」が起こり、周辺の流れが複雑化していきます。この事象は、ひとつの「悲劇」の象徴です。

――物語はレオノーラの兄を巻き込み、「殺された父の復讐、家を捨てた妹への戒め」という要素を絡ませていきます。

T はい。しかし、ここでむしろ着目すべきは、レオノーラとドン・アルヴァーロの気高さです。レオノーラの魂は汚れなく、また、ドン・アルヴァーロも罪をすべて自分が引き受けようとする。二人の目的はレオノーラの父の魂を救うことです。ドン・アルヴァーロが「悪いのは自分ひとりです」と主張する理由はそこです。悲しい死を遂げた人物に安息を与えたいという、その思い。しかし、彼らが祈りで解決を試みようとするところへ、レオノーラの兄が絡んできます。兄ドン・カルロは、父は殺された、と思い、復讐を誓うわけです。レオノーラの立場は微妙です。神に心を捧げる道に身を置きながら、兄が間違った行動を起こすかもしれない、自分を殺めるかもしれないという危険を回避しようとします。対して二人の男たちは、奇妙な成り行きから一度は友情を誓うのに、やはり決裂してしまう。なんというお話でしょう。全員が純粋な心を持っているのに、そこに不幸が起こっていくのは、まさに「運命の力」ゆえですね。その中で主人公レオノーラが、自己を究極まで抑えながらも生き様をみせてゆく。そこを演じるのはとても力量が必要です。

――ずばり、キーワードは「運命」でしょうか。

T 人道的な価値観としての「裏切りへの怒り」ではないでしょうか。裏返すと、鍵となるのは「真の忠誠心」の価値だと思うのです。それが汚されたとき、人は思わぬ運命の歯車に翻弄され始めます。非常に重いテーマですが、皆さんに満足いただけるよう、公演までにさらに研鑽して演技を練りあげようと思います。期待してくださいね。

――物語で不思議なのは、レオノーラとドン・アルヴァーロは、恋人同士としておそらくほんの数日しか一緒に時を過ごしていないですよね。なのに、こんなにも愛によって強く結ばれているのですね。

T 私もそこを考えるのです。時間的には短かったかもしれませんが、愛の質が問われるのでしょう。貞節さの極みのような愛情だったのではないかと想像します。純粋な愛。決して揺らがない、心の最も美しい部分によって結びついている、非常に稀有な愛だろう、と。
 それから、彼らの愛が引き裂かれた理由にも一因があると思います。お互いの心に揺らぎがあったのではなく、また、父親も彼らの愛を疑ったわけではない。それは、数百年前の貴族社会の「血族主義」です。他の民族をそこに交えてはいけない、という、厳然たる社会通念による制約が彼らの愛の前に立ちはだかり、「真の恋人たち」はその通念の犠牲になってしまったのです。その点を忘れてはなりませんね。


レオノーラは大好きな役
今からとてもワクワクしています

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リハーサルより

――「運命の力」全編を通して、音楽の一番の聴きどころは?

T 私が一番好きな箇所は、レオノーラとグァルディアーノ神父が歌うデュエットです。表現の強烈さが、心を揺さぶります。2006年にミュンヘンで『運命の力』を初めて歌ったときのことを、今でもはっきり思い出します。俗世を捨て、修道院で生涯を送る決心をする彼女のためにグァルディアーノ神父が祈る......二人の姿が、観る人の心を深く打つ場面です。このオペラは全編に聴きどころがありますが、あえて一箇所だけ選べと言われたら、ここ以外にありません。

――タマーさんは、その2006年のミュンヘンでの『運命の力』のあと、どのくらいレオノーラ役を歌ったのですか。

T ミュンヘンで歌ったきりです。ですから2015年の東京は二度目のレオノーラです。大好きな役ですけれど、なぜだか歌うチャンスがめぐって来なくて。今回この作品を日本で歌えるということに、とてもドキドキワクワクしているんですよ。9年ぶりに歌いますから、これから猛勉強です!

――今回の共演者の方々は、ご存じですか。

T トドロヴィッチさんとはウィーンで一緒に『メデア』を歌ったことがあります。私たちは息の合うコンビだと自負してますよ。私と同じグルジア出身のケモクリーゼさんは、今をときめく若手メゾ・ソプラノなので名前は存じていますが、共演は初めてですから、とても楽しみです!

――今回の日本滞在中、自由時間にしようと思っていることはありますか。

T 日本にいると快適すぎて時間が矢のように早く過ぎてしまうので、自由時間が取れたらその時に考えよう、としか思っていなくて......。あ、でも、前回『トスカ』にいらしたグルジア大使が温泉を勧めてくださいました。日本の温泉は素晴らしいからぜひ体験しなさいって。そのとき実行できなかったので、今回行ってみましょうか。

――ぜひ行ってみてください! 来日をお待ちしております。

 

 


 

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