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「セビリアの理髪師」アルマヴィーヴァ伯爵役 マキシム・ミロノフ インタビュー

愛しのロジーナにあの手この手で迫るアルマヴィーヴァ伯爵役を歌うのは、ロッシーニのスペシャリストとして世界各地で活躍するマキシム・ミロノフ。「ロッシーニは音符で生きる喜びを描いた人」と語るミロノフが、ロッシーニ・テノールの極意と、『セビリアの理髪師』の魅力を語る!

インタビュアー:井内美香(音楽ライター)

<下記インタビューはジ・アトレ7月号掲載>

ロッシーニ・テノールの
持つべき資質は人生を楽しむこと

 

――ミロノフさんはロッシーニのスペシャリストとして、欧州のあらゆる歌劇場からひっぱりだこですね。声楽家を目指したきっかけは?

ミロノフ(以下M 僕が生まれたのはモスクワから170キロ程離れたトゥーラという町です。子供の頃から学校の音楽の授業は好きでしたが、それを職業にするとは考えずに大学の専攻に化学と生物学を選びました。ところがある日、偶然テレビで三大テノールを目にしまして。1998年のパリのコンサートでしたが、大きなショックを受けました。そして音楽、歌、オペラの世界の華やかさに魅了されたのです。「僕もテノール歌手になれるだろうか?」と思いましたよ。そして、地元の音楽学校に歌を習いに行ったのです。そこで先生にプロになることを薦められ、19歳のときにモスクワに出て本格的に音楽を学び始めたのが、オペラ歌手への第一歩だったというわけです。

――現在の国際的な活動の始まりは2003年の「新しい声」コンクールの入賞でした。かつてザルツブルク音楽祭総裁で、当時はフランスのパリ国立オペラ総裁であった故ジェラール・モルティエ氏をはじめとするオペラ界の錚々たる審査員からはどのような評価を得ましたか。

M モルティエ氏は大きな笑みを浮かべて楽屋に来ると、僕たち入賞者をほめて、励ます言葉をかけてくれました。彼の眼差しから、僕ら若い才能の可能性を本当に

信じていることがなにより感じられたのです。また指揮者のグスタフ・クーン氏も、僕を抱きしめてお祝いを言ってくれ、ロッシーニの曲を歌うように薦めてくれました。若くて経験のない歌手にとっては、本当に貴重な体験でした。

――大変美しいロッシーニ・オペラのテノールに要求されることは何でしょう。あるいはロッシーニ・テノールのスタイルの特徴とは?

M ロッシーニの旋律の美しさ、名人芸的な技巧などはバロック・オペラの伝統を継承したものです。それは純粋にベルカントのスタイルだと言えます。具体的に言うとロッシーニ・テノールに要求されるのは2オクターブ以上の広い声域、アジリタ(細かい音型を歌う技法)、それから勇気も必要です(笑)。超高音を出しますし、音の跳躍が多くて歌うのが大変ですから。でも、僕はいつも言っているんです。ロッシーニを歌うのに必要なのは技術だけではなく、人生に対する大きな愛だと。なぜならロッシーニは音符で生きる喜びを描いた人ですから。ロッシーニ・テノールの持つべき資質は、人生を楽しむことだ、とお答えしたいです。

――『セビリアの理髪師』で一番気に入っているところはどこですか。

M 僕がこのオペラで好きなのはその多様性です。『セビリアの理髪師』はオペラ・ブッファです。でも歌っていて思うのですが、いくつかの瞬間はとてもドラマティックでもあります。例えばロジーナと、彼女を常に監視しているドン・バルトロの関係。いろいろな要素が混在していて、それがこのオペラを真実味のあるものにしています。もちろん全ては大げさに描かれていますが、これは現代においても起こりうる話なのです。だからこのオペラは初演から200年経った今でも私たちと共にあるのではないでしょうか。

――『セビリアの理髪師』でアルマヴィーヴァ伯爵は何度も変装して大忙しです。オペラの中で別の役を演じるのは難しくないですか。

M 僕がこの役を好きなのはまさにそこで、ひとつのオペラの中で4つの違う役を演じることが出来るからです。恋する貧しい若者、兵隊、神父、そして最後は夫となる立派な男性。アルマヴィーヴァ伯爵は変化し続けます。伯爵の最初のアリアは美しいけれど、まだ若すぎる面がある。それが、オペラの締めくくりのロンド・フィナーレ(アリアの一種)では人間としての成長を示します。この曲は技術的にとても難しく、そのために過去の上演においてはカットされることが多かったのですが、僕はいつもこのロンドを歌うようにしています。というのは、伯爵の人格に意味を持たせ、オペラを完成させる曲だと思うからです。

――新国立劇場のケップリンガー演出のプロダクションもこれまで、今おっしゃった伯爵の歌「もう逆らうのはやめろ」はカットしていましたが、今回の上演では歌われるとのことで、大変楽しみです。

ロッシーニが描写する人物と物語をどう見るか、
それは観客に任されています

――ミロノフさんは2006年、アルベルト・ゼッダ指揮『ランスヘの旅』公演で来日しています。1960年代に起こったロッシーニ・ルネッサンスはまさにマエストロ・ゼッダによる『セビリアの理髪師』校訂版の登場が始まりでした。あなたがマエストロから受け取ったロッシーニ・オペラの真髄とは何だと思いますか。

M 前回の来日からもう10年も経つのですね! マエストロ・ゼッダとは何度も一緒に仕事をしています。マエストロはロッシーニに関しては教祖様のような存在で(笑)、ロッシーニの全てを知っていますから、演奏について学ぶことがたくさんあります。でも、マエストロがおっしゃったことで僕がもっとも感銘を受けたのは「ロッシーニは決して登場人物を裁かない」という言葉でした。とても興味深い考察だと思うのです。ロッシーニは人物を描写し、物語を描写しますが、それをどう見るかは観客に任せます。ロッシーニの音楽は状況を表現しているので、同じ音楽を悲劇に使うことも喜劇に使うことも出来る。だから彼は自分の音楽を別のオペラに転用することも多かったのですが。今日、モダンな演出家が、彼の意図とは反対のことをやってしまうことがありますが、結局はロッシーニが勝ちます。観客にはロッシーニの音楽の本質を見抜く力があるのです。

――今度の来日時で楽しみにしていることはありますか。

M もともと美術が好きなのですが、最近特に建築に興味があります。ですから東京では出来るだけ多くの美術館を訪れたいと思っています。劇場建築にも興味がありますし、前回も行った歌舞伎はまたぜひ観たいです。そしてもし時間が許せば京都に行って金閣寺を見たいですね。金閣寺について書いたものをたくさん読んだので、どのような建築なのかこの目で見てみたいのです。

――今後のスケジュールをさしつかえのない範囲で教えてください。

M この夏には19世紀初頭の名歌手だったジョヴァンニ・バッティスタ・ルビーニが歌った曲を集めたコンサートをヨーロッパ各地で開きます。これは録音も予定されています。そして秋にはウィーンのアン・デア・ウィーン劇場でサリエリ『ファルスタッフ』とウィーン国立歌劇場でロッシーニ『チェネレントラ』に出演してから日本に行きます。

――最後に、あなたの伯爵を待望する日本のオペラ・ファンにメッセージを。

M メッセージはただひとつ、僕たちを聴きにぜひ劇場に来てください。ロッシーニの素晴らしい音楽を味わうために。音楽を愛してください。僕はフェイスブックやツイッター、インスタグラムなどのSNSをよく使うのですが、オペラを観た方からの書き込みなどがあるととても嬉しいです。観客のみなさんと直接つながり、意見を交わすことが出来るというのは素晴らしいことだと思うのです。僕はみなさんのとても近くにいるんですよ!

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