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オペラ「ヴォツェック」タイトルロール ゲオルク・ニグル インタビュー

本プロダクションのバイエルン州立歌劇場公演でタイトルロールを務めたゲオルク・ニグルが、新国立劇場に初登場!
モンテヴェルディから現代オペラまで得意とし、批評家から"天才"と称賛されるニグルにとって、ヴォツェックは当たり役。「ヴォツェック」への想いを語るなかで見えてくるのは、ニグルの音楽への真摯な姿勢である。

 


<下記インタビューはジ・アトレ10月号掲載>

 

 ヴォツェックは、まさに私の役です  


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――ニグルさんはウィーン少年合唱団出身だそうですね。ということは日本へ演奏旅行にいらしたことが?

ニグル(以下N) はい、ウィーン少年合唱団(この単語だけは日本語で)の日本ツアーに1983年と86年の2回、ソプラノのソリストとして参加しました。2回とも3か月間も日本に滞在し、札幌から沖縄まで日本中を回りましたが、日本の印象はとにかく素晴らしかったです。まだ子供でしたが、日本の文化にとても心をひかれ、親近感を感じていました。そしてクラシック音楽への喜びを感じてくださる日本の聴衆を、子供の私でも素晴らしいと思いました。ですから今回、約30年ぶりに日本に戻れることがとても楽しみなのです。しかも「ヴォツェック」ですから。

――ニグルさんはヴォツェック役を得意になさっていますね。あなたにとってどのような役ですか?

N まず「ヴォツェック」は作曲されてすでに90年ほど経っていますが、いわゆる"現代"オペラの中で最も有名な作品です。オペラでは王や領主が物語の中心となることが多いですが、「ヴォツェック」では"人間"である点が特別だと思います。また、ヴォツェックは非常に多様性のある役で、しかも各シーンがとても短いので演じる側にはかなり大変ですが、らせん状に続く不幸がたどり着く最後に、この物語を語れてよかったと思える、そういう役なのです。
 ヴォツェックは、まさに私の役だと思っています。私のヴォツェック役デビューは、ミラノ・スカラ座デビューでもありました。その後ベルリン州立歌劇場ではバレンボイムの指揮で歌い、ボリショイ劇場では「ヴォツェック」モスクワ初演を歌いました。ウィーン芸術週間ではハーディングの指揮、バイエルン州立歌劇場ではケント・ナガノ指揮、と様々なプロダクションで歌ってきました。新国立劇場はバイエルン州立歌劇場と同じ演出ですね。水を使った、とても興味深い舞台です。演出がとても音楽的で、観客に作品をよりよく伝えるとても素晴らしいプロダクションです。

――「ヴォツェック」の魅力をどんなところに感じますか?

N 歌手から見て、まずストーリーがとても興味深いです。「ヴォツェック」には"話す"(sprechen)と"歌う"(singen)の間のシュプレヒゲザング(もしくはシュプレヒシュティンメ)という歌唱をする部分がありますが、どこをどう歌うかは、ストーリーからはっきりわかります。たとえば、オペラ・セリアで日の出について5分間も歌うアリアがあるのは、美しい太陽の光についての内容だから"歌う"のです。しかし「ヴォツェック」は"今""この瞬間"が大切なのです。シュプレヒゲザングの歌唱法を盛り込んだことで、音楽により大きな表現力を与えました。
 「ヴォツェック」の音楽は、無調の部分もあれば調性がある部分もあります。初めて聴く人には聴きづらいかもしれませんが、よく聴けば、そこに美しさがあるのがわかるでしょう。ベルクの音楽は全てを取り込み、さらに発展させ、そして調性はなくなります。一度聴いて、今まで慣れ親しんだ音と違うことがわかったら、語られている内容に入り込んで聴くと、素晴らしい作品であることがわかります。これこそがオペラです。ムジークテアターなのです。
 私には大好きな役が3つあります。ひとつはパパゲーノで、これも"話す"役です。それからモンテヴェルディのオルフェオで、これは最初のオペラといえる作品ですし素晴らしい役です。そしてヴォツェックです。自分で言うのもなんですが、私は現代オペラの歌手として世界で最も望まれている歌手だと思います。これまでに30の現代オペラの世界初演を歌いました。それに比べたら「ヴォツェック」は私にはヨハン・シュトラウスのようなものです。


心を込めて話すと歌になる

それが私にとって"歌う"こと

 

――ニグルさんは細川俊夫「班女」を歌うなど、現代オペラに積極的に取り組んでいらっしゃいますね。

N 現代オペラは、私にとって日々の糧のパンのようなものです。私たちは博物館に生きるべきでありません。私はウィーン少年合唱団の頃の「小鳥のような人間」ではなく、仕事を通じてほかの人々のためになる人間になりたい。それを現代の"言葉"で行いたいのです。今はもう馬車ではなく飛行機に乗る時代なのですから。私は多くの現代オペラの初演を歌えたことを光栄に思っています。現代音楽は、例えば演奏時間たった3~4秒の箇所を歌えるようになるための練習に何時間もかかったりして、嫌になることもありますよ。でもこれからも続けていきたいですね。私は芸術のために自分自身に高い要求をしていきたいのです。現代オペラに取り組み、難しさを克服して上演が成功したときは、芸術のために成し遂げたという達成感があります。

――批評家はニグルさんを「天才」と評していますね。あなたの「集中力の高さ」が称賛の的になっています。

N 私は、世界を駆け巡って、今日はドン・ジョヴァンニ、明日は飛行機で移動してまたドン・ジョヴァンニ、次はパパゲーノ、時々ヴォツェック......という歌手ではありません。私は家でいつも勉強していて、本当に興味のある仕事しか引き受けません。ただ舞台に立って歌い演じるのではなく、なぜ自分が今そうしているのかを常に自分に問いかけます。演出に関してもそうで、演出家が言うからではなく、なぜこう動くのかと自分に常に問うのです。真の芸術家とは、芸術を単に管理する者になってはいけないと思うんです。私は、子供のころからそのような自意識がありました。

――あなたにとって"歌う"とは?

N まさに「ヴォツェック」のようと言えるでしょう。なぜ歌うのか。それは、話すだけでは不十分で、話すことが花開いて歌になる。「愛している」と心を込めて話すと歌になるのです。それが私の"歌う"ことです。私の体から出た声による歌が人の心に届く。そこには何か霊的なものを感じます。歌手仲間やオーケストラやピアノと共感しあえたら、素晴らしい瞬間、高尚なエロスの状態となります。

――日本のオペラ・ファンにメッセージを。

N 日本で「ヴォツェック」を歌えることを大変誇りに思います。今回は、3歳の息子を連れていくつもりです。私はアジア、日本が好きなんです。日本の皆様のヨーロッパ文化への深い造詣は素晴らしいです。そういう国で「ヴォツェック」を歌えることが、今からとても楽しみです。

 

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