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「ホフマン物語」 指揮  フレデリック・シャスラン インタビュー


パリのオペレッタ作曲家オッフェンバックの唯一のオペラにして、人生最後の作品「ホフマン物語」を指揮するのは、生粋のパリジャンのマエストロ、フレデリック・シャスラン。小学生でパリの教会オルガニストを務めた神童で、作曲家としてはすでにオペラを7作も作曲している多才なマエストロが、2009年「トスカ」、2010年「アンドレア・シェニエ」に続いて三度目の新国立劇場登場。パリジャンならではの視点で「ホフマン物語」の魅力を語る。

<下記インタビューはジ・アトレ7月号掲載>

 


夢の中で空を飛ぼう!オッフェンバックは十九世紀のディズニー

 

シャスラン トリミング1.jpg――お久しぶりです。シャスランさんは今度の「ホフマン物語」で、新国立劇場には三年ぶり、三回目のご登場になります。

シャスラン(以下C) 楽しみで仕方がないです。新国立劇場のみなさんの緻密なチームワーク、職員全員の有能さに讃辞を惜しみません。正直に言いますと「ホフマン物語」を納得できるレベルで上演できる劇場は、世界にほんのわずかしかありません。複雑な展開の舞台を支えるために、全部署の働き手の頭のキレが必要だからです。新国立劇場なら、きっとできます。


――ありがとうございます。「ホフマン物語」は演出家にとって大変な作品とは聞きましたが、やはり上演はそんなに大変なのですか?


C このオペラはかなり大変です。「ホフマン物語」は、オペレッタの達人だったオッフェンバックの唯一の長編オペラですが、オペレッタ的な軽妙で愉快な展開を見せる場面と、シリアスなオペラの流れを見せる場面とが錯綜します。そのテイストの切り替えを、オペラ全編を通じて、いかに鮮やかにすばやく、スッキリとこなすか。そこをしくじると、作品の良さは伝わりません。しかるに、オーケストラにはアクロバット並みのすばしこさが要求されるんです。


――オッフェンバックはドイツ人ですが、生涯の仕事の場をパリに定めました。そこで、生粋のパリジャンのマエストロに、オッフェンバックが活躍した時代のパリについてお話いただきたいです。


C いいですよ。オッフェンバックが活躍した時代のパリを知るのに最も有効な手段は、同時代のフランス文学作品を読んでみることです。たとえば、ヴィクトル・ユゴーの作品などには、ナポレオンによる第一帝政後の、第二共和制から第二帝政へのフランスが描 かれていますけれども、ナポレオン三世による第二帝政期のパリは、産業発展と町のインフラ整備を謳歌する上昇ムードあふれる環境だったんですね。ナポレオン三世の叔父にあたるナポレオン一世は対外的な戦争で国力を強化したわけですが、三世の時代はもうそうではなかった。町は平和になり、人生の基本は「楽しみ」だよ!という時代が到来したんですね。ひょっとすると、現在のパリにも似たところがあるかも知れませんね。でも、オッフェンバックの時代は、その「楽しさ」「陽気さ」が、今の商業主義的な軽薄さよりも、人の心そのものの喜びが充満していたと思うんです。たとえば、オッフェンバックの頃のコミック・オペラは、今で言うブロードウェイ・ミュージカルのような位置づけです。でも、その内実は今よりずっと人間的で、美的な意味でも味わいが深かった。オッフェンバックの本領というのは、現代では失われてしまった「濃い香り」「享楽のパリの香り」溢れる作品を作り、上演したことにあります。 フランス人ではなかった彼が、誰よりもそのことを理解し、その香気を表現することに長けていたのです。彼はパリと養子縁組をしたのです。パリの香りを嗅ぎ、吸収し、自分自身がパリの文化の創造者となって、エスプリ溢れる作品群の制作に身を捧げたのです。


――オッフェンバックはまさに人生の最後に「ホフマン物語」を書こうと決意するわけなんですけれども、その決意を促したものは何だったんでしょう?


C オッフェンバックはまず第一に、E・T・A・ホフマンの書いた文学が大好きだったんです。このオペラの題材となった作品群を愛しました。しかしそこでオッフェンバックがアイデアを絞ったのは、ロマン主義文学のシリアス感が充満した原作を、どうやって楽しく空想の要素のあるオペラに仕上げるか、ということでした。オッフェンバックは、今で言う「エンターテインメント」のセンスがある人だった、十九世紀のウォルト・ディズニーだったんですよ。暗い顔して見る作品はもういい、もっと夢の中で空を飛ぼうよ、と。そんな構想と、ホフマンの恋物語の題材がピタッとはまったんだと思うんです。音作り、物語の重要な構成要素として彼は、キラキラとした輝きをふんだんに盛り込みました。こうした音楽の傾向は、マスネやグノーのオペラに似ていますね。



新国立劇場の"フランス風エスプリ"に期待しています!


シャスラン トリミング3.jpg――主人公ホフマンは、悲劇的な人物なのでしょうか。それともコミカルな男? 幕ごとに彼の様子が違うものですから......。


C もちろん彼は全編を通して悲劇的な男ですよ! フランス語では、彼のような運命の男を「呪われた詩人」と呼びます。ヴェルレーヌの『呪われた詩人たち』という作品名、また、ヴェルレーヌ本人の生き様にも由来しますが、何をやっても幸せになれない、成功に恵まれない、暗い影を背負った人間の象徴です。ボードレール、ヴェルレーヌ、ランボーらが実人生でそうであったように。ホフマンは、悲しみの芸術家の姿をさらに克明に仕立てたものです。「ホフマン物語」の本領は、芸術家は宿命として彼にとって真なるもの、つまり「理想の女性」を追い求めずにはいられない、ということです。それが彼らの天職であり、愛の追求に膨大な時間と労力をかけます。冒頭で現れる美神ミューズは忠告を与えます――おまえが出会う一人目の女はただの幻想、二人目は病気、三人目は売春婦。おまえの行動に美徳の追求が伴わない限り、真実の愛には巡り逢えないだろう、と。舞台上の表現はときに滑稽で、しばしばグロテスクですが、求めても求めても欲しいものに手が届かない詩人の運命をモチーフに、芸術の高みがかいま見られます。


――ところで、演奏面では「ホフマン物語」はどこが難しいですか?


C 音符を追うことはそれほど難しくないですが、先ほども言いましたが、展開の速さと多さ。この切り替えをいかに小気味よく、スムーズにこなせるか。リズム、テンポがめまぐるしく変わる上に、演出家の要求にも合わせなければならない。その上で風格を崩さずに演奏するのはなかなか大変ですよ。歌手には要求水準の高いオペラです。一人の歌手が複数の役を受け持つのは、歌唱法だけでなく、全く別の人間心理に移らなければならず、大変でしょう。同一の役でも、場面がコロコロ変わりますし。歌の技術だけでなく、役者としての機敏さが問われます。


――新国立劇場の演奏や歌唱は、作曲家の期待に応えられるでしょうか。


C 私はまったく心配していません! 今回もきっとハイレベルな上演になります。新国立劇場のプロダクションの映像を拝見しましたが、正統派の「ホフマン物語」だと思いました。ヨーロッパの大多数の劇場より、新国立劇場の舞台のほうがよっぽど「ホフマンらしいホフマン」です! みなさんの「フランス風エスプリ」は間違っていませんよ。私はみなさんを信頼しています!

 

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