現代戯曲研究会


北アイルランド限定
小田島 恒志

オーウェン・マカファーティーの『シュート・ザ・クロウ』という芝居のことを知ったのは、ちょっとした偶然からだった。3年前、ロンドン滞在中に演劇とは関係ない知人の出版記念パーティに出席したときに、英語教師として日本に滞在したことがあるという女性を紹介された。彼女は、こちらが英米の戯曲を日本での上演用に翻訳をする人間だと分かると、「私の兄は俳優で、ついこの間まで、『プロデューサーズ』に出てました。今度、小さな劇場で仲間4人で芝居をやるので、よかったら観てやってくださいね」と言う。大劇場での人気のミュージカルにちょこっと出ていた俳優が仲間うちで好きな芝居をやる、よくある話だな、と軽い気持ちで聞いていたら、後でその「兄」の正体が分かってびっくりした。コンレス・ヒル。その『プロデューサーズ』のゲイのディレクター役でオリヴィエ賞の助演男優賞をとった名優(怪優?)である。おまけに彼は少し前に『ストーン・イン・ヒズ・ポケット』で主演男優賞も獲っているから、まさに現代イギリス演劇界を代表する一人と言ってもいい。

そのコンレス・ヒルがロンドンのトラファルガー・スタジオで「仲間4人で」やっていたのが『シュート・ザ・クロウ』である。いや、作者マカファーティーを入れて「5人の仲間」と言ったほうがいい。というのも、この5人全員が北アイルランドの人間であり、舞台も北アイルランドの首都ベルファストに設定されているのだ。ちなみに、4人の俳優の中には、恐らく一般的にはヒルより有名な(あるいは映像での活躍でお茶の間の人気者の)ジェームズ・ネズビットもいた。

今や大御所のブライアン・フリールや殺伐としたドライなユーモアのマーティン・マクドナーなど、日本でも上演される現代アイルランドの作家/作品は多い。だが、北アイルランド限定となると、ちょっと珍しい。その「限定ぶり」を楽しみに観に行ってみて、面喰った ──わ、わからない、何しゃべってんだ?! どうやら単純に英語が北アイルランド訛り(あるいはベルファスト訛り)というだけでなく、労働者の仲間うちでの会話、ということも関係しているようだ。

4人はタイル貼りの職人で、舞台はある建築中のビルのトイレとシャワールーム。実際に壁にタイル貼りの作業をしながら会話を続けていく。その手つきの鮮やかなのにも驚かされたが、こういう労働者の労働現場を舞台にするのが流行っているのかもしれない。少し前に翻訳家の常田景子さんに教えてもらって、ブッシュ・シアターで観た『かわせみの蒼色』(リン・コフラン作)という芝居も、配管工(の役)が実際に舞台上でバスタブの設置作業を行う、という趣向だった。

『シュート・ザ・クロウ』の物語は、4人それぞれがそれぞれの事情で横領(表に積んである材料=タイルの持ち逃げ)を試みるものの、途中で躓いて、ちょっと人情話っぽいエピソードも織り込まれつつ、えっ、と思うような幕切れを迎える、というこぢんまりした話だが、何と言っても魅せられたのは、4人の北アイルランド人の息のぴったり合った会話の妙である。「間」とか「かぶせ」ぐあいが絶妙なのだ。観客のウケもいい。分からないままでは悔しいので、後日テキストを手に入れて読んでみたが、やっぱり分からない。たとえば、冒頭で最年少のランドルフが一人でしゃべりまくるセリフの中に「バイクに乗って off ski 」という表現がある。何でスキーが出てくるんだろう? と悩んだ末に、コンレス・ヒルの妹にメールで聞いてみた。「それは、ベルファストの若い人たちの間で流行っている言い方。語尾に ski をつける。そうやってロシアやポーランド(やその他移民が多くなっている東欧諸国)の言葉っぽい響きを出そうとしているだけ」とのこと。な、なんだそれ?! 分かるわけがない……。

ちなみに「シュート・ザ・クロウ(カラスを撃て)」というのは「早く仕事を終らせようぜ(そして飲みに行こうぜ)」という意味らしい。すべてにおいて、実にリアルな舞台だった。偶然の出会いに感謝。
(早稲田大学教授)
<2008.7.14発行『まほろば』プログラムより>