現代戯曲研究会


リチャード・ビーンの登場人物
平川 大作

芝居作りのレッスンで「履歴書作り」という作業がある。戯曲の中で語られた情報に加えて、それに基づいた類推と想像でもって自分が演じる登場人物になりかわり履歴書を書き上げることで、物語と人物造型の理解を深めるという方法だ。

履歴書には職業欄が欠かせないが、イギリスの劇作家リチャード・ビーンなら架空の「履歴書」にその生業を明記できない登場人物を決して許さないだろう。彼は観劇中にも、舞台で話している人物がいったいどんな仕事をしているのか、気になって仕方がないという。

ビーンは1999年に『Toast』が上演されて以来、まさに破竹の勢いで人気実力劇作家の座に到達した。生まれは1956年東ヨークシャーのハルで、劇作を手がけたのは39歳からというから遅咲きの才能だ。2003年に半年間で4本の新作上演をもって劇界の注目を浴びたという目覚ましい活躍ぶりを支えているのは、工場勤務からコメディアンに至る人生前史のさまざまな職業経験だろうし、ビーンの関心が「人物と職業の関係」にあることは劇作の内容からもよく分かる。

そもそも『Toast』は、ビーンが若き日に勤めていた製パン工場を描いた戯曲だった。その後も『Smack Family Robinson』では麻薬売買に生きる家族、『Under the Whaleback』ではトロール船漁業を材にとったビーンを評して、久々に硬派な「Work Play」の書き手が現れたというのが、劇評の反応だ。確かに任意の業種を切り口にして、そこに働く人間の姿のみならず、イングランドの歴史と現在を浮かび上がらせるドラマの作法は、近年ロンドンを賑わせている刺激と挑発に満ちた「In-yer-face」系諸作品とは一線を画し、いかにも手堅い。登場する人物たちはビーンさながら、芝居と関係ない部分でも独り立ちできる「履歴」の人物ばかりだ。

だからといって、筋立てや芝居の構想が月並みで古風というわけでないところが面白い。現在、ビーンの代表作と目される『ハーベスト(Harvest)』(05年にロンドン、ロイヤル・コート劇場で初演)は、12人のキャストで7場面、1914年にはじまり2005年に幕を閉じるというから、ほぼ一世紀の変遷を描ききる力作だ。さて何が変遷するかといえば、養豚業である。

「養豚は数学」を信念とするウィリアム・ハリソンを演じる俳優は大変だ。なにしろ第1場で19歳の青年だったものが最後の場面で110歳になってしまうのだから。それに加えて、第2場以降は戦争で両脚を切断したという設定で、ずっと車椅子に座りっぱなしなのである。

ウィリアムが長命なのは血筋である。そもそも彼が養豚事業を展開している土地は、もとをただせば東ヨークシャーの大地主の地所だったのだが、「(地主の)犬より長生きできるかどうか」という素っ頓狂な賭に祖父オーランドが長寿をもって勝ち、手に入ったものなのだ。

戯曲は養豚業者に対する独自の調査に基づいて、ハリソン家がふたつの大戦をくぐり抜けるなかで養豚業を安定、発展させたものの、やがて政府の無策を背景に外国の養豚業に圧迫され、厳しい苦境に陥るさまを描き出す。ウィリアムは、土地を奪還すべく様々な策を弄して迫る地主の末裔アガール(とその息子)と闘うためにも、養豚業の後継者を確保しなければいけないのだが、なかなか子宝に恵まれない(傍らで豚が順調に殖えるのは皮肉だ)。身体の自由がきかないウィリアムはやがて血縁を超えた相手に豚を託すことになる。なんと最後に彼が「pig man」(豚の世話係)として任命したのは誰だったか、という幕切れは「お楽しみ」として秘しておこう。

『ハーベスト』は観客の興味をぐいぐいとひっぱる熟練した劇作法にサービス精神をたっぷりまぶした「面白い」芝居だ。加えて豚の勉強にもなる。ほかになにが必要だろう?
(大手前大学メディア芸術学部准教授)
<2008.6.27発行『混じりあうこと、消えること』プログラムより>