世界の劇場


オーストラリア

オペラハウスは国のシンボルだけど……

建国の歴史が浅く、広大な面積を州で分かつオーストラリアは、アメリカ合衆国と同じように国立劇場を持っていない。但しオペラを上演するオペラ・オーストラリアは国立歌劇団で、シドニー・オペラハウスとメルボルンのアーツセンターを本拠地に公演を行っている。しかしシドニー・オペラハウス自体は州のトラストにより運営され、自主企画はほとんどない貸小屋である。そこでオペラやバレエ、シドニー交響楽団の公演がなければ誰でも使用することができる。「あなたもあのシドニー・オペラハウスの舞台に立ってみませんか?」という触れ込みで、日本からの自費参加による民謡や大正琴、着物ショーなどが行われることもある。従ってオペラ以外の出し物は、米国と同じように商業劇場と各地域のリージョナル・シアターに分けられると言えよう。  

目指すは国を離れ、世界の檜舞台

商業劇場での公演は米国のように一応ロングランを目指してはいるが、人口が日本の七分の一、そしてブロードウェイのような集客の場を持たないオーストラリアでは文字通りのロングランにならないし、上演も少ない。そこで、シドニーかメルボルンで幕を開けてある程度ロングランを続け、集客率が悪くなったら次の都市に引っ越すという興行が常である。そうやって広大な国の各州の州都を巡り利益を上げる。ヒットしなければ、幕を開けた都市だけで、他では上演されない舞台もある。商業劇場の演目は大劇場に相応しく、大掛かりなミュージカルが主で、ブロードウェイなどで既に話題になったリスクの少ない作品が多い。しかし創作ミュージカルを生み出す冒険家プロデューサーもいる。そうやって生まれたのが、ヒュー・ジャックマンがトニー賞を獲った『ボーイ・フロム・オズ』、そして今ブロードウェイに進出している『プリシラ』である。今年はシドニーで『ドクトル・ジバゴ』がミュージカル化されて上演、今後の成り行きが注目されている。

リージョナル・シアターはシドニー・シアター・カンパニー(STC)とメルボルン・シアター・カンパニー(MTC) が代表格。国とそれぞれの州から財政的援助は受けているが独立した劇団である。STCは約三百席の小劇場を二つもち、その二カ所の他にオペラハウス、シドニー・シアターを本拠地としている。政府からの助成金の他、個人や団体からの寄付で賄われ、百ドル以上の寄付者は匿名以外、プログラムにしっかりと名前が印刷される。ニコル・キッドマンも多額の寄付者だったが、ケイト・ブランシェットが芸術監督に就任してからは筆頭のパトロンはジョルジュ・アルマーニに変わった。年間プログラムで演目を組み、如何にサブスクライバーを獲得するかが運営の決め手。しかし商業劇場と違い利潤だけでなく芸術性にも重点が置かれるので、ミュージカルではソンドハイムの作品なども上演される。そしてオーストラリアの戯曲も積極的に上演する。各都市同士の交流も盛んで、MTC制作の舞台が翌年STCで招待公演されたり、またその逆もある。しかし同じ最新戯曲が、両都市で違う演出家と俳優により上演される場合もある。この他にも都市の名前を冠に付けていないリージョナル・シアターがあり、そこで生まれた舞台は都市の名前がない分、国内巡業がし易くなっている。その代表がシドニーにあるベルヴォア・シアターである。約三百席と約百席の二つの小劇場を持っていて、評判の良い舞台は各都市を巡り、世界へ踊り出す。ジェフリー・ラッシュがトニー賞を獲った『瀕死の王』もここが制作。ブロードウェイでは同じ演出とセットで、彼以外はキャストを変えての上演だった。

熱心な教育、多難な就活

歴史が浅く、守るべき伝統文化が少ないから、新しい人材を育てることで未来に向け伝統を作り上げようとする国の姿勢があるのかもしれない。この国には国立劇場がない代わりに、国立の演劇学校はある。一九五八年に設立されたNIDA(ナショナル・インスティテュート・オブ・ドラマチック・アート)である。ここでは演技や演出だけでなく、戯曲、舞台美術、メイク、制作などのコースがあり優秀な人材を輩出している。国際俳優ではメル・ギブソン、ケイト・ブランシェット、ジュディ・デイヴィス。最近では映画『アバター』の主役、サム・ワーシントンもここの卒業生。演出家では映画『ロミオとジュリエット』や『ムーラン・ルージュ』のバズ・ラーマン。彼は舞台演出家出身で、映画監督第一作『ダンシング・ヒーロー』はもともと舞台用だった。二〇〇六年には日本から坂手洋二氏がNIDAに招かれ、『屋根裏』の英語版を学生の卒業公演で演出している。この学院にはメル・ギブソンが多額の寄付をして造られた約七百席の立派な劇場がある。学院が国立なので強いて言うならこの劇場が国立劇場に当たるが、主に学生の間で使われている。

このように国立劇場は設けず、国立の演劇学院から文化を育成しているオーストラリア。しかしそこからいくら秀でた人材が巣立っても人口の少ないこの国では働く場が限られている。商業劇場以外のリージョナル・シアターはほとんどが小劇場。従ってギャラも少額。映画制作もハリウッドに押され、テレビドラマも、NHKに当たる国営のABCは今やABBCと悪口を言われるくらい、英国BBC制作のドラマで埋め尽くされている。そこで演出家や俳優、スタッフも海外に場を求めて働くしか成功や生活の道はない。オーストラリア国内では、非常に優秀でも仕事にあぶれている人が数多くいる。国がしなければ自分達が頑張らなければと言う訳で、オーストラリアはユニオンが強い。自国の人材保護のため、海外から俳優や演出家を招いて雇うのに制限を設けているのだ。そこで幾ら大ヒットしても上演されない舞台が出てくる。例えばミュージカル『ドリーム・ガールズ』。あれだけの黒人俳優を国内では賄えきれず、未だにオーストラリアでは上演されていない。……これは昔の白豪主義とは関係ないので、念のため。

橋本邦彦[俳優・フリージャーナリスト・ミュージカルやオペラの日本語台本、歌詞翻訳 
シドニー在住]

<2011.6.9発行『雨』公演プログラムより>