シェイクスピア大学校


『ヘンリー六世』上演記念 シェイクスピア大学校
6回連続講座
芸術監督:鵜山 仁
監修:小田島雄志 河合祥一郎

IV 登場人物にみる『ヘンリー六世』 安達まみ(英文学者)
2009年11月12日[木]

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こうした図式が、次にご説明しますトールボットとジャンヌの対立の背後にあります。
マジカル・シンキングと共存して、超自然的なものを否定する、このような懐疑主義があったために、両者の混在が非常にドラマチックな効果をあげています。
レジメ(6)をご覧ください。ジャンヌとトールボットについてお話したいと思います。
史実のジャンヌの活躍とトールボットの活躍の時期が、このように異なっているんですね。ジャンヌがオルレアンの包囲を解いたのが1428年。捕らえられたのは1430年。火あぶりになったのが1431年です。
トールボットのほうは、1427年にフランスに上陸していますが、1449年に捕らえられて、死んだのは何と1453年です。ジャンヌが亡くなってからずいぶん後になります。
このように二人の活躍時期は違いますが、シェイクスピアは史実を圧縮して、二人が対になるように作品を構成しています。

レジメ(7)aをご覧ください。
「フランスをうちこらす鞭」とは、トールボットのことですし、もちろんジャンヌのことをさす、「イギリス人をうちこらす鞭」というような言葉があります。このように二人が対概念になって現れます。二人とも神様につかわされた鞭なんですね。
ちなみに申し上げますと、「〜をうちこらす鞭」というのは、聖書的な慣用表現です。一方でトールボットは中世の騎士道精神や男性中心の論理を体現していて、一方で聖女か魔女か、あるいは乙女か娼婦か、あいまいなジャンヌがいます。二人が直接対決する場面が、第一部一幕五場です。この場面で決着がつかないのが非常に面白いところだと思います。
このお芝居のもつ複眼的な視点を物語っていると思いますし、まさに最初にご説明したポリフォニーなのではないかと思います。ジャンヌとトールボット両方の声が同時に非常に強烈に響いてきます。

図(5)  図(6)

【図(5)】をご覧ください。
これは、ジャンヌの生前に描かれた唯一のジャンヌの肖像です。女性らしい容姿と毅然とした表情が印象的だと思います。女性らしい容姿に似合わず、右手には王家の紋章をつけた軍旗を持ち、腰には剣を帯びています。彼女の体現する矛盾をこの絵は現しているのではないかと思います。
【図(6)】をご覧ください。
マーガレットにフランスの騎士道物語集を献呈するトールボットを描いた、大英図書館所蔵の物語集の口絵です。右手に座っている女性がマーガレットで、ヘンリーと手をつないでいます。その前にトールボットが跪いています。そして、この物語集をマーガレットに捧げているんですね。この口絵は、トールボットがマーガレットに捧げた物語集そのものにつけられた絵です。非常に凝った仕掛けになっています。
ここでぜひみなさんに注目していただきたいのが、トールボットの後ろに見える小動物は何だと思われますか? 一見、フェレットのように見えますが、これは実は犬なんですね。トールボット犬という犬種です。小型の猟犬で足が短いので、ウサギ穴に入るのに適した体型です。現在は犬種としては認められていないそうです。

トールボットと犬のつながりというのに、もう少しこだわっていきたいと思います。
(7)bをご覧ください。トールボットの言葉です。
「獰猛さゆえにイギリスの犬と呼ばれていたわれわれも、いまは子犬のようにキャンキャン逃げまどうのみだ。おい、わが同胞たち! とって返せ、もう一度戦うのだ、」
と言うトールボットの言葉があります。ここでおわかりのように、犬と兵士を重ね合わせているんですね。また、犬と自分も重ね合わせています。皆さんご存じのようにその習性から、犬は、忠実さや狩猟本能を象徴していまして、その意味でトールボット家は自分の家の紋章として犬を用いて、アイデンティティを構築していたといわれています。
つまり、私たちは王様に忠実なんですと示すために犬を使っていたといわれています。ところが、この場面では、ジャンヌとの一騎打ちで面食らったトールボットが混乱しまして必死で兵を励ますときのセリフなんですね。皮肉なことに、中世風の騎士道精神にのっとった主君への忠実、犬が体現するような忠実さが通用しない世の中で、トールボットはにっちもさっちもいかなくなってしまいまして、騎士道精神が破綻していきます。
三部作全体として、この中世風な騎士道精神の破綻というのが描かれていくことになります。

さらに、レジメ(7)cにありますように、トールボットが舞台上で亡くなったとき、トールボットを探してルーシー卿が入ってきます。ルーシー卿のセリフをあげました。トールボット卿の功績をたたえて数々の称号や名誉を並べています。
みなさまに注目していただきたいのは、その後のジャンヌのセリフです。
「よくもまあごたいそうな肩書を並べ立てたものね!」
と言っています。トールボットに贈られた称号や名誉が実に虚しいものだとして笑い飛ばしています。このようにトールボットとジャンヌの対立の図式がおわかりいただけたでしょうか。