シェイクスピア大学校


『ヘンリー六世』上演記念 シェイクスピア大学校
6回連続講座
芸術監督:鵜山 仁
監修:小田島雄志 河合祥一郎

IV 登場人物にみる『ヘンリー六世』 安達まみ(英文学者)
2009年11月12日[木]

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レジメそれでは、シェイクスピアの同時代の人々の3つの証言をざっと見ていきたいと思います。レジメの(1)をご覧ください。
これ、何やら暗号のような文字が並んでいますけれども、意味としては、
「1592年3月3日、ハリー六世という芝居を上演して、3ポンド16シリング8ペンスの収益を得た」
という意味です。『ヘンズロウの日記』からの引用ですが、日記といってもローズ座の興行主フィリップ・ヘンズロウの会計簿なんですね。いわゆる日々の行動を綴ったものではありません。
会計簿の最初のneというのはnew、つまり新作という意味だとされています。この“ハリー六世”がシェイクスピアの『ヘンリー六世』ならこの日付が初演の日付になります。文章には1591年とありますが、これはミスタイプではありません。当時の一年というのは、3月25日から始まっていたんですね。ですから、1591年3月3日というのは現在の私たちの暦で言えば1592年ということになります。これをもって1592年3月3日がおそらく『ヘンリー六世』の初演ではなかったかというふうに考えられています。この日付から翌年の1月までの間に少なくとも17回上演されたという記録がありますので、当時としては異例の人気作品でした。興行主フィリップ・ヘンズロウが自分の懐に収めたのは、ギャラリー席の収益の半分だったらしいので、この数字から計算した学者がおりまして、初演とおぼしき1592年3月3日の観客数はおそらくギャラリー席だけで1000人弱、かなりの人数だったといわれています。

次に引用の(2)をご覧ください。
シェイクスピアの同輩作家トマス・ナッシュの『文無しピアスの悪魔への懇願』の一節です。ここでナッシュは、役者によって演じられることで、古の英雄トールボットが舞台上に甦ると示唆しています。現存する当時の芝居でトールボットが登場するのは、この『ヘンリー六世』第一部だけですので、ここでナッシュの言っている芝居というのは、トールボットは『ヘンリー六世』のトールボットのことで、このトールボットがいかに感動的だったか、そしてトールボットが死者の甦りですね、甦って役者の肉体を通して舞台に新たに生きているという感覚が、当時の観客にあったことを思わせます。
また、同じナッシュによると、トールボットを演じたのは、看板俳優のエドワード・アレンという人だったようです。アレンはたいへん派手な演技で有名な人で、シェイクスピアの同胞作家のクリストファー・マーロウの主な芝居の主役を演じて当たりをとった人です。

では、(3)の引用をご覧ください。
やはりシェイクスピアの同輩作家ロバート・グリーンの『三文の知恵』からの引用です。ここで注目したいのは、「役者の皮をかぶった虎の心」、英語では、tiger’s heart wrapp’d in a player’s hideという表現です。これは、『ヘンリー六世』第三部で、マーガレットに苦しめられるヨーク公が彼女のことを「女の皮をかぶった虎の心」つまりtiger’s heart wrapp’d in a woman’s hideと称しているので、そのもじりであると言われています。つまり、これを見ても、マーガレットは同時代の観客に強烈な印象を与えた様子がうかがえるかと思います。