シビウ国際演劇祭
Sibiu International Theatre Festival

エンブレム

 

 ルーマニアのほぼ中央に当たる人口約17万人の小都市シビウで毎年開催される「シビウ国際演劇祭」が、このところ急速に脚光を浴びるようになった。ユーラシア大陸を上弦の弓なりに横断するカルパチア山脈の北麓にある町。ルーマニア有数の観光スポットである伝説の吸血鬼ドラキュラの居城ブラン城にもわずか150キロほどの距離だ。12世紀にザクセン(ドイツ)人によって町が建造され、14世紀には東西交通の要衝として繁栄した歴史を持つ。シビウで2007年「欧州文化首都」が開催された際には(ルーマニアのEU加盟が承認されたのは同年1月)、「ヘルマンシュタット」というドイツの古名が復活した。


 ここで簡単に「シビウ国際演劇祭」の沿革に触れておくと、シビウ大学演劇科の教諭で、俳優のコンスタンチン・キリアックが学生会館を事務局として「学生演劇祭」を始めたのが「民主革命」直後の1992年。94年には各国の演劇大学・アカデミーを集めて、コンペティションによる「ヤング・プロフェッショナルの国際演劇祭」に切り替えた(国際演劇祭の第1回になる)が、「ビッグショー」として国内外の職業劇団を招くことも忘れなかった。因みに、第2回(95年)に劇団1980『謎解き河内十人斬り』(藤田傳作・演出)が「ビッグショー」に招待されたのが、日本のカンパニー参加の嚆矢である。97年からは「ヤング・プロの」という角書がとれ、「コンペ」が廃止、名実ともに「国際演劇祭」へスタートを切った。しかし、日本を除いて当時の参加国は隣国とその周辺の旧社会主義国か旧ソ連の自治共和国から独立した新興独立国、それに国内の国立を含む公立劇場ばかり。西欧からの参加といえば、スペインやフランスからのアマチュア劇団だった。


 はっきりとシビウ国際演劇祭が様変わりを見せるのは、2000年にキリアックがシビウ唯一の劇場、ラドゥ・スタンカ劇場(映画館を改造した、旧市街の外れにある収容人数360余の劇場)に芸術監督として赴任し、事務局も学館からラドゥ・スタンカ劇場に移設した年からだ。彼はまずルーマニア国内外の優秀な演出家にレパートリー演出を依頼し、同時に国内の演劇大学・アカデミーの卒業生から才能ある者を引き抜いて自劇団に組み入れた。そして、その舞台を演劇祭で披露した。勢い、ラドゥ・スタンカ劇場は国内外で注目を集める劇場となって、04年にはルーマニア国内での7つめの「国立劇場」となる。そして「欧州文化首都」を迎える。08年以降、毎年上演され、チケット売出しと同時にソールドアウトになる人気のシルヴィウ・プルカレーテ演出『ファウスト』は、これを記念して同年10月に廃工場を使って初演されたもの。07年には間に合わなかった道路の補修、ホテルの修復・建設も翌年にはほぼ整う。今ではピアツァ・マーレ(大広場)を中心とする中世ドイツ風の美観都市に生まれ変わった。この年(08年)に行われた故・十八世中村勘三郎による平成中村座公演は4回も公演がもたれ、以後の西欧の大カンパニー公演の呼び水になった。


 今年も6月10日から19日までの10日間にわたって開催された第23回シビウ国際演劇祭についても触れておこう。約70カ国から参加があり、延べにして約300公演以上が行われるのはこの数年、すっかり定着したが、昨年ブカレストで発生したキャバレー火災によって消防法が変わり、舞台での本火の使用が厳しく制限されたほか、社会主義時代の「労働組合・文化の家」が老朽化のために使用禁止になり、約800人が入るユニオン・ホールや地下の、日本のMODEが使用したジム・ホールが使えなくなった。郊外への交通手段だったトラムのレールが外され、人気が高かったトラム車中芝居がなくなって落胆した観客が多かったが、古い施設だからこそ、味わいのある演劇が生まれていたのも事実だ。来日した『ルル』の初演劇場だった廃工場はすでに焼失し、平成中村座が公演直前まで劇場化するのに苦労した廃工場も使用不可になり、今年5年ぶりに上演された『ルル』や恒例の『ファウスト』は、町の郊外に建造された巨大なプレハブの「文化工場」(Fabrica de Cultura)に移された(大舞台が2面組める)。やはり人気の野外水中芝居、オウィディウス『変身物語』を題材にした『メタモルフォーゼ』も、盛大に火を使うため中止されていたが、「工場」に隣接してプールが仮設され、5年ぶりに復活した。いずれもシルヴィウ・プルカレーテ演出による国立ラドゥ・スタンカ劇場の公演で、今年もまた圧倒的なパフォーマンスを見せた。


 同様に郊外に昨年新設されたプレハブ建築の展示場「Redal Expo」では今年のメインプログラムのひとつ、ドイツ・ベルリンのシャウビューネ、トーマス・オスターマイヤー演出『マリア・ブラウンの結婚』(ファスビンダーの映画の舞台化)が上演され、旧市街の城壁に続く美しい白亜のコンサートホール「ターリア・ホール」ではアメリカのティム・ロビンス演出『夏の夜の夢』が見られた。拠点のラドゥ・スタンカ劇場を使ったのはスイスのクリストフ・マルターラー演出『キングサイズ』で、オスターマイヤー、ロビンス、マルターラーらビッグネームはルーマニアの俳優などとともに、すでに十八世勘三郎や串田和美の銘板が埋まっている遊歩道「ウォーク・オブ・フェイム」に名前が刻まれた。しかし、今年最も衝撃的だったのはオクタヴィアン・ゴガ高校体育館(演劇祭の期間だけ主要な会場になる)で上演されたポーランド、テアトルZARの『アルメニア人、姉妹』(ヤロスラフ・フレト演出)だった。グロトフスキーを継承する強靭な肉体演技で20世紀初頭、トルコ人等から迫害されるアルメニアの女たちの歴史を現前化した。


 因みに日本から参加した劇団俳優座のチェーホフ『三人姉妹』(森一演出)はこの〝オクタヴィアン・ゴガ〟(約500人収容)を、結城座とべトナム青年劇場のコラボ、イプセン『野鴨』は人形劇場ゴングシアターのエタージュ(1階。約200人収容)を、山本章弘の能『安達原』はターリア・ホールを使った。他にも10キロほど先の山上の要塞、チシナディオアラ城での上演もある。もちろん、公演は、こうした演劇ばかりではない。ピアツァ・マーレから続くセンター通りを占領する大道芸やページェントの数々、そして大広場で繰り広げられるシルク(サーカス)をはじめとするパフォーマンスは他に替えがたい魅力を持つ。演劇ファンならずともその魅力には抗しがたいと思われる。


[七字英輔 演劇評論]