香港

香港・西九文化区の劇場

21世紀の知識経済のなか、都市の発展はインフラ整備から、創造性や文化的再生による“ソフトパワー”の開発に移行しつつあります。東アジアや東南アジアでは劇場開発プロジェクトが次々と立ち上がり、ここ10年間に、大中華圏では台北舞台芸術センター、台中メトロポリタン・オペラハウス、高雄国家芸術文化中心が建設中で、本土では文化施設の建築ブームも手伝って、中国国家大劇院、上海東方芸術センター、広州オペラハウスなどが誕生しました。

香港では、劇場運営が長く行政主導で行われ、芸術文化事業を担う香港の民政事務局(HAB)が、大手舞台芸術グループやアーティストを直接的、あるいは間接的に資金援助してきました。舞台芸術施設の運営は補助部門の康楽及文化事務署(LCSD)が行っており、どちらの団体も、文化芸術だけでなく、地域コミュニティやスポーツ等も担当しているため、施設の多くが多種多様な催しに利用されることになり、芸術性の確立を阻んできたのです。

20世紀末には文化開発事業の機運が高まり、当時、香港特別行政区行政長官だった董建華は1998年、世界に通用する施設を作り、アジアを代表する芸術文化のハブにする、文化区建築構想を立てました。西九文化区(WKCD)と名付けられた40ヘクタールの広大な土地に、17の文化芸術施設を構える計画です。紆余曲折を経て、香港政府は2008年、西九文化区管理局(WKCDA)を設立、この巨大文化プロジェクトに216億香港ドル(当時のレートで約2866億8千万円)の予算を組みました。

西九文化区は、香港史上最大規模の文化芸術プロジェクトであり、WKCDAは政治制度から独立した機関であるため、管理運営の新しい可能性が期待されています。柔軟な対応が、固定化した文化マネジメントに風穴を開けるかもしれません。

最近の演劇の傾向
小劇場とフリンジ・フェスティバル

政府の文化芸術振興の方針に懐疑的な意見もあります。文化芸術分野の予算は毎年約30億香港ドル(約396億6千万円)にとどまり、うち9%が香港芸術発展局を介し、9つの大手舞台芸術グループへと渡っていますが、中小規模の文化機関やアーティストに分配される助成金にいたってはわずか3%で、その配分はここ数年変わっていません。

香港の芸術開発モデルは静的ともいえますが、地域の芸術コミュニティは創意工夫を続け、独自の発展を遂げています。小規模の芸術機関やグループの多くが、主流の劇場に代わるものとして、空き工場の一角に居を構え、安い賃貸料を払いながら小さなアートスペースを運営し、独自のプラグラムを企画。こうした工業ビルは各地に増えており、新進アーティストや小劇場制作のプラットフォームになりつつあるのです。

伝統劇や主流システムの外に活躍の場を見出した、才能と創造性に溢れる芸術家も多く、2012年に始まったコミュニティ主導型の複合芸術フェスティバル、香港芸穂民化節(フリンジ・フェスティバル)がいい例です。工業地域にあるパフォーマンススペースから、書店、果樹園、郊外の村まで、いたるところでさまざまなアートが表現されたこの芸術祭は大きな成功を収め、観客からは絶賛の声があがりました。

こうした動きから、地域のアーティストたちが表現の場を確保するのに長らく苦労してきたことだけでなく、芸術コミュニティが小規模のプロダクションや、さまざまな形態のアートマネジメントを必要としていることがわかったのです。

創造の種が蒔かれた今、いかにその成長繁栄を支援できるかが、西九文化区の課題になっています。

中小規模の施設からなる西九文化区

西九文化区は有名なビクトリア・ハーバー沿いに位置しています。複合利用できる空間が混在し、うち40%はさまざまな規模の劇場、野外パフォーマンススペース、美術館を含む、芸術文化施設で、商業施設、飲食店、娯楽施設、オフィス、ホテル、居住区の建設も予定されています。

観光客向けのアトラクションや目を引く大建造物ではなく、“戲曲センター”“自由空間”“演劇劇場”“現代芸術センター”など、150~2000人収容の中小規模の施設を作ることを目的にしているのには、理由があります。香港はニューヨークでもロンドンでもありません。芸術文化の需要が異なるため、規模は小さくとも多様性のある施設が数多くあるほうが、文化区に活気と独自の雰囲気をもたらすと考えています。

また、小さい会場なら実験的な試みが可能であり、失敗にも寛容になれるという利点もあります。つまり、今後誕生するであろう地域の舞台芸術グループの活動を支援する受け皿として機能できるのです。

ふたつの方針:芸術主導と多様性

文化区を作っても、裁量権を与えない行政が深く関与すれば、創造性のエネルギーが損なわれます。活気溢れる刺激的な文化区になるかどうかは、施設と地域アーティストの間に、信頼でき、協力的で有益な関係を築けるかどうかにかかってくるのです。そこで、芸術主導と多様性という、ふたつの基本原理を設けました。

従来の施設には文化芸術が不在でしたが、西九文化区の施設にはそれぞれ独自の芸術形態をもたせることで、その振興にも一役買うことになります。深く掘り下げたものから、新たな息吹をもたらすものまで、芸術の多様性も重視しなければなりません。中堅だけでなく、将来有望なアーティストたちが活動しやすいよう、物理的及び芸術的な空間を提供し、必要な支援システムを構築していくことも我々の目的にしています。

管理運営にも多様性が求められており、WKCDAは従来の政府による中央管理方式から離れ、多様な運営形態のモデルを示すべく、長期的な目でプロジェクトの開発を進めています。

大成功を収めた
プレオープニングイベント

劇場の成功に欠かせないのが、その建物以上に、編成をまとめる強い意志と芸術的使命です。ニーズを理解し、芸術を尊重することで生まれた目的や価値観を、わかりやすく表現しなければならず、そのための理解発展には、芸術形態、アーティスト、作品、観客の触れ合いが一番効果的です。

プレオープニング・プログラムの“西九龍バンブーシアター”や“自由野フェスティバル”は、そうした相互理解を深めるために企画したものです。これらの試みは、芸術的かつ技術的な運用システムを構築する上で、いい実験となり、アーティスト、観客、協力者たちからのフィードバックを、設備や事業方針の改善に活かすことができました。

オープンと同時に地域コミュニティに根ざした本格的な活動をすぐ始められるよう、アーティストのコミュニティ、観客、施設の方針、リーダーシップ、ヴィジョンが鍵となる本組織を、さらに発展・活性化させたいと思っています。

香港劇場空間の未来予想図

西九文化区の構想が生まれてから15年以上経ち、本格始動まで残すところ数年となりました。10年後、20年後、香港の文化的景観はどう変わっているのか、それを示唆する興味深いデータがあります。「世界都市文化報告書2013年版」によれば、各都市にある劇場数は香港41、東京230、ソウル229、上海97、シンガポール55です。今後、数は増え続けることでしょうし、必ずしもこの数値は、文化芸術の成長率を示すものではありません。というのも、一人あたりの劇場入場回数は、香港0.46、東京0.93、ソウル1.40、上海0.27、シンガポール0.12であり、香港は劇場数こそ劣りますが、劇場を訪れている人の数は決して少なくないのです。この西九文化区プロジェクトが劇場訪問者数増加につながれば幸いです。

[ルイス・ユー(茹國烈)
 西九文化区管理局 舞台芸術 事務局長]

<2014.7.8発行 演劇『永遠の一瞬』公演プログラムより>