イスラエル

イスラエル演劇は多様かつ活気にあふれている。主流、実験、フリンジ各劇場では夜ごと数十の上演が行われている。

レパートリー劇場

現在イスラエルには8カ所のレパートリー劇場があり、ある程度の政府助成金を得ながら商業演劇的に興行している。8つのレパートリー劇場のうち4カ所がイスラエルの文化中心地テルアビブにある。初のヘブライ語劇場であるハビマ国立劇場は1917年モスクワに創立され、シオニズムおよび演劇におけるヘブライ語復活に大きな役割を果たした。「ハビマ」とは文字通り「舞台」を意味する。レパートリーは世界の古典/現代演劇、イスラエルの新作である。

テルアビブのカメリ劇場は、外国作品ではなくヘブライ語で書かれた現代イスラエル新作戯曲の上演のために1944年に創立され、現在ではイスラエル最大の劇場のひとつに成長した。世界の古典/現代演劇とイスラエルの新作をレパートリーとし、2005年、イスラエルの国家と社会に対する貢献によって、「イスラエル賞」を受賞するという栄誉を得、現在では多岐にわたる作品を上演している。

1986年創立のベイト・レシンは主に現代の外国/イスラエル演劇と、近年では児童演劇も上演している。この劇場は毎年「オープン・ステージ」という、イスラエルの新人脚本家に作品発表の場を提供するための演劇祭を開催している。テルアビブの4つ目の劇場、ゲシェル劇場は1991年に芸術監督のエウゲニー・アリエが率いるロシア移民のグループが創立した。ヘブライ語「ゲジエル」は「橋」の意味で、創立当初数年間にわたってこの劇場が担ってきた文化・知的橋渡しの役割を表していて、当初、上演作品の多くはロシア語で生み出された後にヘブライ語で上演された。上演される作品は外国の古典作品をもとにするものが多いが、アリエはイスラエルの新作をもとに重要な舞台を生み出している。ホロコーストを扱ったヨラム・カヌイックの『アダム復活』(1994)、イスラエル独立戦争数年前のイスラエルの村落を舞台にした、『ソボルの村』(1996)などである。

エルサレムのハーン劇場は古いキャラバンサライ(隊商宿)の建物内にあり、この数年は脚本家・演出家のミキ・グレヴィッチが芸術監督を務めている。外国の古典と、多くの場合グレヴィッチ自身の手になる新作の画期的な舞台化を専門としていて、メタシアター的、あるいは演劇の詩的側面を強調する作品が多い。その他2カ所のレパートリー劇場は、北部のハイファ市のハイファ市立劇場、イスラエル南部のベアー・シバ劇場である。8番目のレパートリー劇場はヘルズリヤにあり、オフィラ・ヘニグが芸術監督を務め、ヘニグのもとで実験的な演劇を専門としている。

2009年、カメリ劇場は『ゲットー』を上演した。イスラエルの著名な脚本家ジョシュア・ソボルの1984年の作品で、芸術監督のオムリ・ニツァン演出。本作は20以上の言語に翻訳されているが、ホロコーストの間にヴィリニュス・ゲットー内で運営されていたユダヤ人劇場の物語で、過酷きわまりない状況下における道義的ジレンマを描いている。また、レパートリー劇場の多くが、イスラエル史上最も多作かつ影響力多大な劇作家のひとり、ハノホ・レヴィン(1999年死去)の作品を上演し続けている。その作品は独特のユーモアあふれるタッチで、典型的なユダヤ/イスラエル事情を背景に、普遍的な、存在への畏敬を表現している。レヴィンは60以上の作品を遺したが、近年上演された作品は『モリス・シンメル』(ハビマ劇場・ハフィア劇場の共同制作)、カメリ劇場による『シッツ』、ゲシェル劇場による『ヤキシュとボブチャ』である。

イスラエル新作戯曲でしばしば扱われる大きなテーマは、ホロコースト、ホロコースト後のイスラエル社会、イスラエルーパレスチナ紛争、イスラエル社会における軍国主義およびポスト軍国主義、宗教団体内部のドラマ、といったものである。

実験演劇と演劇祭

イスラエルでは通常主流と位置づけられるのはレパートリー劇場であるが、その他に多くの独立劇団があり、そのほとんどが実験的な演劇とパフォーマンス中心に活動している。その実験性にはいくつかの側面があり、まず多くの劇団が文化行政機関の支援を受けながらも、低予算で運営している。また、フリンジ演劇の作り手たちは演劇の形式に実験性を持ち込む傾向がある。さらには、多くの劇団が社会的・政治的に難しい題材を扱っているという点である。

1978年、古典的演劇題材を用いた実験作品上演のため、リナ・エルシャルミがイティム・シアター・アンサンブル(カメリ劇場傘下)を創設。2008年、演劇演出部門でイスラエル賞受賞。最も有名な作品のひとつ『バイブル・プロジェクト』はユダヤ/イスラエル文化の基盤となるテクストを通して、現代的なアイデンティティの問題を追求した作品で、世界各国で上演された。2010年には『ヘルツル』という新プロジェクトを初演し、テオドール・ヘルツルの複雑な生涯、人格、そしてビジョンを探った。

もうひとつの重要な劇団は、芸術監督のルティ・カネルが創設したルティ・カネル劇団である。カネルの演劇作品は、従来の演劇に依拠することはほぼ皆無であり、独特の演劇的言語の追求のために、文学作品、ヘブライ文学、歴史的文書、日常会話を、語りの技法あるいはカネル自身が「自国演劇のことば」と呼ぶ手法で織り上げたものである。

テルアビブの他の劇団としては、ヴィジュアル・シアター中心のクリッパ劇団と、テルアビブ中央バス停内にある、パフォーマンス中心のタマル・ラパンのパフォーマンス・アート・プラットホームがある。この新奇な場所にはニコ・ニタイのカロフ劇団もある。こういった劇団は主宰者のもとに活動する劇団であるが、実験演劇が上演される劇場も多くある。イガール・アザラティが芸術監督を務めるヤッファのアラブ=ヘブライ劇場は、ヘブライ語とアラブ語両方の作品を上演する2劇団の拠点であり、この劇場自身、社会的・政治的に積極的な活動を行っている。その他のフリンジ劇場はトゥムナ劇場、シムタ劇場、ツァヴタ劇場(すべて在テルアビブ)、エルサレムのエルサレム劇団、マーバタ(「実験室」)などである。こういった劇場では毎晩若手アーティストたちの演劇やパフォーマンスが上演されている。

イスラエル北部、ユダヤ/アラブの混在する町アクレ(アッコ)には、実験的なアッコ・シアターセンターがあり(2009年来日、『アンソロジー』をシアターXで上演)、スマダル・ヤーロン、モニ・ヨセフ、カレド=アブ=アリが芸術監督を務め、社会派演劇およびパフォーマンスを専門とする。ヤーロンとヨセフは例年9、10月の仮庵の祭の時期に開催されるアッコ・オルタナティブ・イスラエル・フェスティバルの監督も務めている。1980 年から開始されたこの演劇祭は、現在ではイスラエルの実験演劇・パフォーマンスの一大イベントとなっている。

その他、エルサレムで毎年5月に開催される、演劇・音楽・舞踊・パフォーマンスの国際的祭典であるイスラエル・フェスティバルがあり、イスラエル最大の国際演劇祭である。また、アティ・シトロンが芸術監督を務めるバト・ヤム国際街頭演劇祭は、夏期にバト=ヤムの海岸で開催される。さらにまた、テルアビブのテアトロネート祭は一人芝居、独り舞台の祭典である。

シャロン・アロンソン=レハヴィ[イスラエル、バル・イラン大学比較文学部演劇研究科助教授]
訳:香西史子

▲ 本文は、【ITIシアターイヤーブック2011年版─諸外国の演劇事情─】に掲載された『イスラエル演劇──2010 躍進するカメリ劇場』を、筆者および国際演劇協会(ITI/UNESCO)日本センターの了解を得て編集部が編集したものです。

<2012.4.23発行『負傷者16人』公演プログラムより>