オランダ

オランダ演劇の特徴

オランダには国が建設し、企画を決め、運営している劇場はない。しかし、政府から補助金を得ている劇場は多く、そこを使う劇団も多い。劇場と劇団は経済的にはまったく異なり、劇場は主に地域から、劇団は国から資金援助を受けている。オランダの国は、4万平方キロメートルの面積に1650万人が住み、世界で最も人口密度が高い。町から町への移動が容易なので、第二次世界大戦以降、全国の劇場へ国中の劇団がツアー(地方公演)をする制度が成立した。今でもオランダは「ツアー演劇の国」と呼ばれる。戦後、各劇団にはチケット収入に関係なく公演回数によって、劇場から上演料が支払われていた。そのため、劇団経営にとって、チケット収入よりも国の補助金を獲得することが何より大事だった。それゆえ、芸術性、知性、社会貢献をアピールすることが重要となったのである。

一方、1600年代以降、オランダを代表する劇作家が出ていない。つまりオランダの古典といえるものがない。主に海外の戯曲が上演され、また、その古典作品に大胆に手を加えるオランダ独特のスタイルがよく見られる。ようやく昨今、オランダ作品の上演が優先的に行われているが、実際は上演演目の80%が外国の作品である。

代表的な二つの劇場と劇団

現在オランダで政府から援助を受けている舞台芸術団体は、音楽とダンスも含め74団体ある。2010年には1512の作品が上演され、劇場への来場者数はヨーロッパで最も多い。6歳以上の国民の53%が、舞台芸術を年に最低1回は観ているほどだ。政府は劇団自身の経営能力を重要視し、予算の17.5%を準備できなければ、その劇団には補助金を提供しない。

作品の傾向は、60年代の戯曲を中心とする姿勢から、現在の演出を見せる作品へと変わってきた。脚本がなく、即興から作品を作り上げることも多い。この変遷は劇場の使い方にも影響を及ぼし、大劇場から小劇場へ、プロセニアムからブラックボックスへ、さらに劇場外のスペースへと変わってきた。しかし、2008年の経済危機の影響で、費用対効果の低い小劇場から、高い大劇場へと優先順位を変える傾向がみられる。

オランダの演劇界の特徴である数多くの小さなツアー劇団とは異なる、その伝統や実績、規模において傑出した代表的な劇場が二つあり、そこを拠点とする二つの劇団がある。「国立」ではないが、「国を代表する劇場」といえるとしたら、次の二つだろう。 政治的首都であるデン・ハーグの王立劇場Koninklijk Schouwburgとナショナーレ・トネール劇団Nationale Toneel(NT劇団)。そして、文化的首都であるアムステルダムの市立劇場Statsschouwburg Amsterdamとトネールグループ・アムステルダムToneelgroep Amsterdam(TA劇団)である。この二劇団はそれぞれ劇場と結びつき、「ハウス劇団」と呼ばれ、オランダにおける新しい現象となっている。

デン・ハーグのナショナーレ・トネール(NT劇団)と王立劇場

2004年に200周年を迎えた王立劇場は、デン・ハーグ の上流階級によって作られ、当時のエリートが話すフランス語のみの上演だった。1841年から12年間、国王ウィレム2世が劇場の所有者となり、この国王の下で、フランス・オペラとオランダ演劇が大きく発展した。第二次世界大戦中、劇場はドイツ軍に占領され、ヒトラーのプロパガンダのみが上演された。1960年代には「劇場は階級を問わず、すべての人々の場所でなければならない」という概念的な転向があり、王立劇場にも大きな改革が起きる。1988年にはナショナーレ・トネール(NT劇団)が「ハウス劇団」となった。1999年三千億円をかけた大改装が行われ、現在、王立劇場には675席の大劇場と70席の小劇場がある。また、築207年のこの劇場の後ろに、2008年NT劇団が大小二つの舞台と稽古場を新築した。NT劇団の年間公演数は約300回だが、内三分の一は王立劇場で上演し、海外を含むその他の劇場での公演は約200回を数える。NT劇団のレパートリーには三つのカテゴリーがあり、古典を上演するNTクラッシック、現代的テーマを扱うNTモダン、そして実験的なNTイノベーションである。王立劇場では若者との交流に意欲的で、学校や劇場でのワークショップをはじめさまざまな教育プログラムを開催している。また、若者による、若者のためのインターネットテレビ、NTTVも製作している。ほかにも毎年11月に、世界的に有名な作家やミュージシャンを招いて「クロッシング・ボーダー・フェスティバル」を開催している。

アムステルダムのトネールグループ・アムステルダム(TA劇団)と市立劇場

格調高いデン・ハーグとは全く雰囲気が違い、アムステルダムは学生の多い自由闊達な町だ。海外駐在員の多いデン・ハーグも国際的だが、アムステルダムも、かつての植民地アフリカやアジア出身の難民たちによって活気ある息吹に満ちている。この町の中心にアムステルダム市立劇場と「ハウス劇団」トネールグループ・アムステルダム(TA劇団)が立つ。ここでは、デン・ハーグの王立劇場/NT劇団と異なり、実験性のある新作、異文化やクロスカルチャーを取り込んだパフォーマンス、芸術と美術のフュージョンプロジェクトなど、若者を惹きつけるさまざまな作品を上演している。TA劇団は、NT劇団同様、年間公演数の約三分の一は市立劇場で上演し、三分の二はオランダや国外でのツアーである。築117年の市立劇場は2009年に大改造され、伝統的なフランス式劇場(757席)と最先端の機構を持つ新築のブラックボックス式劇場(850席)が建てられた。現在アムステルダム市立劇場にとって経営上の最大の課題は、劇場が増えたことにより、観客数を約二倍に増やさなければならないことだ。そのためにさまざまな対策が施されている。市立劇場は、カフェや他の劇場、ナイトクラブやライブハウスなどで賑わうアムステルダムの中心街「ライッドセプレェイン広場」にあり、この広場の周りの文化施設とさまざまな協力体制ができているのだ。毎年6月には市立劇場を中心に、オランダ最大のパフォーマンス・アート祭、「オランダ・フェスティバル」が開催され、世界中から最前線の演劇、オペラ、ダンス、音楽、映画作品が招待される。

アンネ・ランデ・ペータス[演劇研究家、翻訳家。在オランダ]

<2011.10.18発行『イロアセル』公演プログラムより>